第45話 番外編

「ソラリス! 戻ったか! 待っていたぞ」

 天主の執務室に入った途端、明るい声が部屋に響いた。ソラリスは頭を下げる。

「天主様、フィン様。ただいま戻りました」

 時刻は昼前。やわらかな陽射しが窓からいっぱいに差し込んでいた。

「それで、ようやく両思いになれた、おまえの妻を紹介してくれ」

「……ロゼ、こちらに」

 一歩後ろに下がっていたロゼを、ソラリスは、自分の隣に引き寄せた。ロゼは深く頭を下げる。

「ヘリオスの娘、ロゼと申します。お目にかかることができ光栄です」

 そう言って、緊張した面持ちで顔を上げた。視線の先には淡い金の髪を揺らし、深い紺碧の瞳を細めた青年が姿勢よく座っている。恐ろしいほどの美貌の青年で、ロゼは驚く。ロゼにとっては、ソラリスがいちばんだが、レアルの民の美貌は有名だった。それを間近でみて、ロゼはああ、本当にレアルに来たんだなあと思う。

「無事について安心しました。おふたりを待ってましたよ」

 ソラリスの養い親だという青年が、品の良い優しい笑みを浮かべる。

 視線が自分に集中しているように思うのは、気の所為ではないだろう。ロゼは困って、ソラリスを見あげた。ソラリスがその視線を受けて、ロゼを自分の体で少し隠した。

「そんなに警戒することはなくないか?」

「ロゼが怯えていますのでご容赦を」

「ロゼ。ソラリスはな、レアルにいる間中、おまえのことばかり心配して話していたぞ」

「え……」

 ははっ、と天主が機嫌良さそうに笑う。手を組んで、顎を乗せ、深い紺碧の瞳を細めた。

「レアルに一緒に来る決心をするのは大変なことだったろう。来てくれて感謝する。不便がないよう計らうが、もしなにかあったら言ってくれ」

「はい。ご厚情感謝します」

 ロゼの言葉に天主とフィンは微笑んだ。

「なにしろ、ソラリスはあなたとどうしたら一緒にいられるかばかり考えていましたからね。まとまってくれて良かった」

「官吏になるのも最後まで、ロゼがロゼがと言ってたからな。いや、良かったなソラリス」

 ふたりに言われてロゼの頬が赤くなる。ソラリスが離れている間、そんなに自分のことを気にしてくれていたとは思わなかった。便りもなく、どうしているのか、思い出してくれているのか、と思っていたのにと、ロゼは驚く。

「天主様、フィン様!」

 ソラリスが微かに頬を赤くして、ふたりに抗議の声を上げた。天主とフィンは、心から楽しそうに笑う。

 ソラリスは、こんな人たちに囲まれていたのか、とロゼは思う。優しくて明るくて温かい。レアルに戻りたい、この方たちのお役に立ちたいと言うソラリスの気持ちがよくわかった。

 アルーアの王宮で一人寂しく過ごしていたソラリス。

 ロゼはふわりと笑う。

 ソラリスが幸せそうで嬉しい。ソラリスが楽しそうで嬉しい。ソラリスが優しい人たちに囲まれていて嬉しい。心からそう思った。

「ソラリスを、どうぞよろしくお願いします」

 その言葉に天主と、傍らに立つフィンも、頷きながら笑った。

 隣を見ると、ソラリスが自分のことを見つめ、そっと手を握ってくる。

「……いちばんは、ロゼがいてくれることです」

「……おい、ソラリス。いちゃつくのは、おまえの新しい宮に行ってからにしてくれ」

天主の呆れたような声に、ロゼは慌てて手を離そうとしたが、ソラリスの手はぎゅっと握って離れない。

 天主とフィンが苦笑する。

「まあ、いい。ソラリス、これからの働きを期待する。ロゼはソラリスを支えてやってくれ」

「はい、天主様」

 その言葉に、ソラリスとロゼは真剣に頷いた。

「ソラリスとロゼの新しい宮に案内しましょう」

 フィンが優しくそう言ってくれる。これから、いよいよレアルでの生活がはじまるのだ、とロゼは身が引き締まる思いだった。

 けれど、思っていたよりもきっとその先行きは明るいだろうとそう思って、手をつないだソラリスを見上げてふわりと微笑んだのだった。

 何よりも、その能力を認められ歓迎され、幸せそうなソラリスを見ることができたことが、本当に嬉しかった。

 ソラリスもロゼを見て、心から愛しそうに、花が零れるように笑う。

 そんなふたりを見て、天主とフィンは、やれやれというように楽しそうに笑った。

 やわらかな陽射しがこの場をを優しく照らしていた。(了)



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孤独な義弟を癒した私に幸せが待っていました 深山心春 @tumtum33

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