可憐な少女の旋律
川詩夕
『わたしのアイドル』コンテスト
数十年前、街外れにある観光地の近場に建てられた
ホテルを含む周辺の建物の外壁各所にはクラックが入り、雨垂れのような黒い跡が呪い掛けられたかのようにこびり付き汚れている。
ホテルの広い敷地に装飾として植えられていた草花は全て枯れ果て、名前の知らない雑草が所狭しと生い茂っていた。
今夜、この
寂れたホテルを背景に、広場には立派な特設ステージが設営されていた。
刻一刻とライブの開演時刻が迫るにつれ、ライブ会場にはぽつりぽつりと黒い人集りができはじめていた。
私はライブ特有の赤の他人にもみくちゃにされるのが苦手なので会場の最後方へと移動し、一人ぽつねんと座りライブが始まる時刻まで特に何をするでもなく、晴れ渡る空を無心で眺めながら待機していた。
数時間後、気が付くと日が沈み辺りはすっかり暗くなっていた。
空には綺麗な半月の月と数多くの星が
特設ステージの両端に設置された黒色の巨大なスピーカーから突如SEと思われる音が流れ始めた。
どくん、どくん、どくん、どくん、どくん、まるで
胎動の音が聴こえなくなった瞬間、それは生命の終わり告げる冷え切った氷の世界に包まれたかのようだった。
幻想的な光を
ステージの中心に煌びやかな衣装を
大音量でアップテンポな楽曲が流れ始めると同時に、少女は華麗でキレのあるダンスを披露する。
マイクを通した少女の歌声は鮮烈で、言葉の一つ一つが腹部の奥深くへとずしりずしりと潜り込んできた。
圧巻だった、歌いながら激しいダンスパフォーマンスを繰り広げる少女から一挙手一投足目が離せなくなっている。
少女は夜空の下で
私の身体は次第に震えはじめ、まばたきすることが勿体ないと思える程にステージ上のたった一人の少女に釘付けだった。
前方に広がる黒い人影達も私と同じ気持ちなのか身体が震えているように見える。
きっと私と同じ感覚に
ライブがはじまってから一時間三十分が経過し、最後の楽曲を歌いきった少女は決めポーズをとり静止する。
息を上がらせた少女の身体中から伝い落ちる汗は眩い程にキラキラと輝いていた。
幻想的な光を醸し出す照明がフェードアウトすると同時に、どこか懐かしく感じる音が聴こえてきた。
——胎動。
会場全体へ一定のリズムで胎動が響き渡る中、前方の黒い人影達の姿が徐々に薄れ始め、やがて半透明になっている。
一人、また一人と黒い人影が消え去ってゆく。
会場の最後方でライブを観ていた私が最後の一人となっていた。
指先と足先が半透明となった私は
この胎動は……生命の始まりを告げているに違いない……。
私の両方の瞳は溢れ出る涙のせいで視界が
けれども、きっと少女は優しく
私は涙を流しながらも思わず笑みがこぼれた。
*
数年前、春の終わりを告げる季節に会場となった敷地内にある大きなホテルは大型連休の真っ只中の際、月も眠る夜に原因不明の火災に見舞われた。
ホテルは敷地を含み地下から最上階の果てまで余すことなく全焼し、死者は三千人を優に越えた。
現在、廃墟となったホテルでは夜な夜な大勢の黒い人影達が
ホテルが火災に見舞われた際、宿泊客や従業員達は愛する人を守り命を落とし、名も知らぬ誰かに手を差し伸べ命を落とし、混乱の最中で命を落とし、眠り続ける間に命を落とした。
悔やんでも悔やみ切れない、やり場のない大勢の切ない想念はこの地で終わりの無い凶事に縛られ、途方もなく
けれども、一夜のライブで、三千人を越える彷徨える死者の想念はたった一人の可憐な少女の手によって救済された。
不思議な力を秘めた可憐な少女はこの世の最後の
可憐な少女の旋律 川詩夕 @kawashiyu
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