布団が吹っ飛んだ、空の彼方に

秋嶋二六

布団が吹っ飛んだ、空の彼方に

 布団が吹っ飛んだという、日本人なら誰もが知っているダジャレがある。


 しかし、「布団吹っ飛んだ祭り」なる奇祭を知っている日本人はまずいないだろう。


 事の始まりは、布川団十郎という歌舞伎役者みたいな名前の老人が、強風の日、マンションの一室から空へとダンスった布団を見たことである。


 空を舞う布団の美しさに魅せられた団十郎だが、その布団が頭上に落ちて、首の骨を折るという重傷を負ってしまう。


 一命を取り留めたばかりか、老人とは思えぬ回復力で退院すると、精力的に空を舞う布団をどうにか再現できないかと試行錯誤の日々を送った。


 布団の下に火薬を敷き詰め、爆発の力で飛ばそうとしたが、布団が粉みじんになるだけで思うように飛んでいかない。


 そうこうしていると、誰かが通報したらしく、団十郎は消防法と火薬取扱法に引っかかり、逮捕されたものの、何故か不起訴となり、釈放された。


 事前に許可を取ることを覚えた団十郎は精力的に布団を飛ばす方法を考えた。そのうちに彼に共感を覚えるものもいて、大の大人が布団の飛ばし方を日夜議論研究することになる。


 内輪の集まりでしかなかった布団飛ばしサークルはついに市の観光課の目に止まった。もっとも、観光課の一職員が企画に窮して、ノルマを達成するためにこの布団飛ばしに目をつけたわけだが。


 度し難いのが、通るわけもないと思っていた企画が通ってしまったことだ。最も驚いたのは上程した職員だったかもしれない。


 かくして町興しを兼ねた布団飛ばし大会が開催される運びとなる。


 大会と言うからには規定を決めなければならない。布団飛ばしのパイオニアである団十郎が提唱した規定はただ一つ。


「布団はぼろいもののみ」


 つまり新品の布団は使わず、廃棄寸前の布団を使うことで布団供養の面もあるということらしい。


 さらに団十郎は副賞も提供すると言い出した。それが「天下無双布団」というものだった。


 かつてどこかの布団製造業者が社運をかけて作ったという伝説の布団だったらしいが、いかんせん売上は振るわず、それが原因で倒産してしまったという曰く付きだ。


 販売数が伸びなかった理由は明白で、表側に天下無双の文字が金糸で刺繍されていたからである。完全なるマーケティングの敗北だ。


 布団屋を営む団十郎の店の倉庫にも大量に眠っていて、体のいい在庫処分だったのは誰しも思っただろうが、それを指摘する野暮天はいなかった。


 かくして、「布団吹っ飛んだ祭り」が行われたわけだが、数人参加者がいれば御の字と思っていたところ、なんと五〇人もの参加者がいたから、企画を立案した市の職員は顎が外れるほど驚いた。


 しかも、参加者のほとんどが副賞の「天下無双布団」を欲していたというから、市の職員は「もう終わりだよこの国」と嘆いたらしい。


 しかし、これには裏があり、この「天下無双布団」は知る人ぞ知る高級品だったのだ。何でも何とかというアヒルの羽毛をふんだんに使った逸品だという。今でこそ市場に出回っていないが、オークションサイトでは中古でも百万円は下らないらしい。


 初回から不穏な空気を漂わせてはいたが、祭りそのものは滞りなく行われた。


 競技内容はいかに布団を高く飛ばすことができるか、そして、いかに美しく空に踊らせるかの二つで審査される。


 火薬で布団を飛ばしたり、大型の扇風機で布団を浮かせたりと、参加者の本気が窺い知れる戦いではあったが、やはりここは一日の長がある団十郎の圧倒的な技術に敵うものもなく、優勝は団十郎の手に落ちた。


 在庫品が捌けずに戻ってきたことを喜ぶべきかどうかは意見の分かれるところだが。


 かくして、祭りは盛況のうちに幕を閉じた。


 後に毎年行われることになるこの祭りで団十郎は十連覇という偉業を成し遂げ、「布団吹っ飛んだ祭り」の天下無双の称号を得ることになる。


 彼が亡くなったとき、棺には天下無双布団が国旗のように被せられていたという。


(了)

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布団が吹っ飛んだ、空の彼方に 秋嶋二六 @FURO26

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