非·霊能探偵日涼の探しモノ
チキンナゲット65p
第1話 探し物はなんですか?
都内某所。
商店街の喧騒を抜け、
中腹で細い脇道に逸れる。
住宅街の手前、ひっそりと佇むのが
日涼探偵事務所だ。
看板は煤けた木製で、普通すぎるほど普通。
噂じゃ、幽霊の声が聞こえる
探偵がいるらしい。
インチキ臭いにもほどがある。
ネットの口コミを覗けば、
郵便ポストに話しかける姿、
懐中電灯を握り空に呟く姿。
怪しさしかない。
そのくせ、依頼の成功率が存外高いそうだ。
ネットで見る限りでは、
依頼して失敗したなどという意見は
見当たらない。怪しいを通り越して怖い。
私は、どうしても確かめたいことがあり、
彼に依頼を申し込んだ。
もし、彼の力が本当なら…。
ドアを開けるとカランカランッと
心地良い音が響く。
部屋の中はコーヒーの香りがした。
中はこざっぱりとした内装になっており、
ローテーブルにソファ、
奥に書斎と思わせるテーブルや
棚がそろっていた。
正直、お札やなぞの白骨、
魔術書など並べてあったり
線香の匂いがするほうが安心する。
「いらっしゃいませ、こんにちわ。」
奥から男性の声がする。
ぱたぱた足音が聞こえ、
若い男性がこちらにやってきた。
日涼探偵本人だろうか。
「あ、こ、こんにちわ。
探し物の依頼をお願いした
斎藤と申します。」
「サイトウ様ですか?」
すこし怪訝そうな顔をして
こちらを見ている。
まさか、もう霊視がはじまっているのかな。
少し身構える。
「どうぞ、そちらへ
おかけになってください。
お荷物もソファに置いてかまいませんよ。
コーヒーはいかがですか?」
「ああ、ありがとうございます。」
私はソファに座る。ばふっと包み込む
柔らかさ、皮の香りがとてもいい。
多分高いやつだ、これ。
男性は、コーヒーを二つ机に置き、
ミルクと砂糖も置いた。
そして、向かい合うように座り、
優しい顔をしてこちらを見る。
「初めまして、私が日涼-にすず-と申します。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「では、本日の相談内容をお伺いしても?」
「は、はい。実は、大事にしていた
指輪を無くしまして。」
「指輪、ですか。それは悲しいですね」
「その、そんな程度の内容でも
引き受けてくれるとお伺いしましたが
本当に指輪探しとかでもいいのですか?」
「わざわざ探偵事務所を利用してでも探したいということは、よほど大切にされている、もしくは、サイトウさんにとって大事なものであると伺えます。私でよければ
お手伝いさせていただきたいと思います。」
表情を見るに嘘ではなさそうだった。
「ありがとうございます。
その、母からの貰い物なんです。」
「それはなおさら見つけたいですね。
写真か何か分かるものありますか?」
「いえ、実は写真などなくて…」
「そうですか、せめて形が分かる
なにか特徴さえあれば」
「普通のシルバーに青い宝石が
埋め込まれているんです。」
「なるほど。青い…宝石…ねぇ」
彼はうなずきながらも、
ちらちら私の首や足元、鞄などを見ている。
「あの、気になっていたんですが…」
「はい、なんでしょう。」
彼は目線をこちらに戻した。
「幽霊が見えるって本当ですか?」
私は真剣に彼を見つめた。
彼は気まずそうな、
罰の悪そうな顔をして答えた。
「いえ、私には幽霊は見えてないですよ。」
「しかし、ネットでは
たくさんの方がそう言ってますよ?」
「まぁ、ネットですから…」
「あなたに依頼したって方から
実はメールで聞きましたよ?」
「まぁ、どう思うかは人の自由ですからね」
彼はとても言いたくないのか
目がかなり泳いでいる。
「この方の投稿によると、
ネックレスを見つけてくれた、と。
コップに向かって話しかけていたり、
庭にライトを照らしながら話していた」
「うう・・・」
「ほかにもありますが……嘘なんですか?」
私が探偵になったような気分で話している。
彼は見られたくなかったものを
見られたような、顔を真っ赤にしている。
「その、それはそれで事実といいますか、
捉え方といいますか、その…」
「私は別にあなたを
否定しているわけではありません。
幽霊はいると思いますし
超能力者でも私は構いません。」
日涼はびっくりした顔をして
こっちをみている
おそらく多くの人からいろいろ
言われてきたんだろうな。
すこしいじめてきている気がしたので
本題に入ることにした。
「ぜひ、指輪を探してもらえませんか?」
こんな変な人に頼る私も
かなり変わり者かもしれない。
彼はもちろんですと続けながらこう答えた。
「では、正式に依頼をお受けしますので、
お名前とサインをお願いします。」
と書類を一枚、万年筆を一つ添えて
私の前に差し出された。
「相談料と前金。成功報酬は後日入金。
また必要経費は別途支払い。
本日は一万円です。
成功報酬は、そうですね、
次回も依頼してください」
彼はポリポリ指で顔かいている。
私はサラサラと記入し一万円を払った。
受け取った彼は、
じーっと契約書を眺めていたが、
「斎藤 明美さん、ですね?
では、一万円頂戴いたします。」
「はい、お願いします」
彼は私に一瞥をくれてから
立ち上がって奥のテーブルに用紙を置いた
「では、指輪についていくつか
質問をしますので、お答えください。」
彼はソファーに座らず
事務所の中を歩き始める。
すこし緊張する、まるで尋問をするような。
でも顔を見なくてすむのは気が楽だった。
「硬くならずに、探すための質問です。
私には本当のことをお答えください。」
すこし彼の見る目が鋭く感じる。
「いつも身に着けていたんですか?」
「いたまのおしゃれや元気がない時にだけ
指輪をつけていました」
「落としたんですか?」
「そう、だと思います。3日くらい前に
買い物に行き、着けていました。
お母さんは、私より少し指周りが大きくて」
彼は私の後ろを歩いている。
「どこの指につけていましたか?」
「気分によってまちまちなのですが、
その日は人差し指だったと」
「どちらの手ですか?」
「右手です。」
「チェーンに指輪を通して、
首に着けていたとかは?」
「ああ、したことはありますよ。ですが、
今回は人差し指です。」
そうですかぁ、と呟いきソファの横へ来た。
顔を上げると目が合った。
私を観察しているようだ。
厳密には私の周りをみている気がする。
「いつ手に入れましたか?」
「えーっと、結構昔ですね。
母が亡くなる前に、私に渡してくれました」
「いつも大事に保管してたんですね」
「えっ、ええ。そうです。
大切なものですから」
彼は歩き出し、思い出したように言った。
「確認のための質問です。
部屋は探しましたか?」
「もちろんです。」
「いつも使っているカバンや
お出かけ用のカバンは探しましたか?」
「はい、もちろん探しましたよ。
ですが、全然見当たらず。」
「ちなみに、そのカバンにも
ありませんでしたか?」
私はカバンの紐をサッと握った。
「こっちにもありませんでした」
「お気を悪くしたらすみません。
案外、探し物はカバンの中や
いつもの場所に紛れていることが多くて」
「経験からおっしゃっているのですよね。
いいんですよ、お気になさらず。」
私はショルダーバックの蓋を開け、
彼に中身を見せた。
カバンの中には財布とポータブル充電器、
ハンカチ、化粧ポーチ、スマホなど。
「私もそういうことはありましたし」
拝見しますと言い、中を見ている。
「はい。お気遣いありがとうございます。
続けますね。」
彼は私のカバンから目を離し、
またくるくる部屋を歩いている。
私は汗を拭き、静かに息を吐く。
「そうとう高価なものだったんですね?」
「金額はわかりませんが、
とても綺麗でした」
「ちなみに、泥棒に入られたことは?」
私は心臓が飛び出そうになった。
「いえ、特にそんなことは」
私はコーヒーを飲む。
探偵もソファに座り同じように飲み始める。
ミルクを並々といれ砂糖を2つ。
彼は甘党なんだろうか。
彼は目を細めながら飲んでいる。
それはもうグビグビと。
すこし戸惑っていると、
彼は飲み干してカチャリと
ソーサーに置いた。満足そうな顔しながら
「確認のため聞きますが」
と、こっちを見た。
思わず私は身構える。
「依頼は指輪の捜索でいいですか?」
彼の目に何が映っているのだろうか。
私は、戸惑いながらも答え、
負けじと目を見つめ返す。
服の裾を握る手が震える。
「はい。お願いします。」
「指輪はそのカバンにありますね」
心臓が締め付けられた。
周りを見渡す。得体の知れない
何かに囲まれた気がした。
「なぜ…」
本物の霊能力者なのか。信じざるを得ない。
「なぜ、そう思ったんですか?」
「大事な物にしては、
情報が雑だったんで。」
雑? いや、ちゃんと答えたはずだ。
私はムッとした。
「目線や受け答えから推測した
って言えば、納得します?」
彼が諭すように呟く。
それだけじゃカバンの中とは
分からないはずだ。
「霊視ですか?」
「残念ですが。実は、怖いの苦手でして。」
失礼、と言いながらポケットから
黒い懐中電灯を出す。
ライトがカバンを照らす。
影が右へ左へ揺れた。
彼は静かに耳を傾ける。
「内ポケットだね。」
見事だ。心のなかで拍手した。
それと同時になぜバレたのか。
自己反省も始まる。
カバンを開けたときに見えた、とか?
そんなわけがない。原理は分からないが
実力は確かだ。
そろそろ演技も疲れてきた。
私はゆっくりとカバンをあけて、
おもむろにカバンのうちポケットから
指輪を取り出した。
「ふふ。私の実力は十分でしたか?」
日涼は試されていることに気づいていた。
「よくあることなんですか?」
私は降参ですと手を挙げながら尋ねる。
「多くはありませんが、少なからずは」
それもそうか。なら、ある意味彼は
この手の対策に慣れているわけか。
私は少し悔しい思いもしながら
彼に本当の話をするか少し悩んだ。
「斎藤さん。依頼を変更します?」
「いえ、あなたを試した迷惑料として、
しっかり受け取っていただきたい。
私も試すような真似をして申し訳ない」
「いえいえ。では、頂戴いたします。
それでは、成功報酬もいただきますかね」
と彼は新たな契約書を用意してきた。
「そうですね、ではお願いしようかしら」
「次からは本名で頼むよ。今里明美さん。」
心臓が跳ねた。
びっくりして顔を上げる。
彼が申し訳なさそうに見てる。
どうしてそこまで。
待って。なぜ本名がバレた?
疑問が頭を埋めた。言葉が出ない。
「…前に会ったことあります?」
「記憶じゃ、ないね。」
「財布の中見ました?」
「見たけど、開けてないよ。」
免許証は財布の中だ。
でも、見えない位置にある。
「なぜ偽名だと分かったんですか?」
「まぁ、分かるんだよ。」
「どうして?」
心臓が早鐘を打つ。
「名前聞いた時、
本名じゃない反応だったから。」
「それで分かるんですか?」
「いや、まぁ、秘密ってことで。」
「やっぱり霊能力?」
「違うけど、まぁそんな感じかな。」
彼は歯切れが悪かったが真剣な目で言った。
「でも、ここで言わないと、
本当に探したい物の依頼を
してくれないと思ったんだ。」
そこまで見透かされていたなんてね。
彼の実力は、予想の遥か上だった。
霊能だろうが何だろうが、何でも良い。
本当の依頼を頼むことにした。
彼ならきっと見つけてくれるだろう。
私の母のネックレスを。
彼女の秘めたる探し物。
トラブルになりそうだと日涼は思う。
なぜなら、彼女の周りから溢れる
悲しみの声を一身に浴びていたからだ。
やれやれ、ホラーなんて
受け付けてないんだけどね。
依頼が来たからにはやるしかない。
そう思って覚悟を決めるのであった。
続く?
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