第49話 ミリヤ視点

 訓練所でヴェルナの取り乱した様子を十分に堪能した後、南国の動向を把握することも兼ねて、私達は政府の本拠地へと戻ってきた。


 政府が用意したウルナちゃんの部屋は、王族でも住んでるんじゃないかってほど無駄に高級感がある。質の良い木材を使用した家具に、絨毯やカーテンなどの布製品は、西側の地域で見られる高価な織が施されてた。


 全体的に落ち着いた雰囲気ではあるんだけど、贅沢が過ぎて客人としては落ち着かない。 まあ、これだけ分かりやすく手厚い部屋なら、ウルナちゃんに対する敬意がはっきりと示されていて、そういう意味では心地が良いんだけど。


 機能性を重んじるウルナちゃんにとって、やっぱりこの部屋は問題点が多いみたいだった。中でも天窓の真下にある動かせないベッドは特に問題で、月明かりの眩しさから一度も使ったことがないんだとか。


 今夜は此処で一夜を明かさないといけない私達は、機能性に欠けたベッドじゃなく、この部屋で唯一使用感のあるソファで眠ることになった。


 大人ふたりがぎりぎり眠れる二人掛けのソファに、身を寄せ合って……。


 私の背中へ遠慮がちに身を寄せるウルナちゃんの温もりが、じんわりと伝わってくる。 妙に意識しちゃって心拍数が異常値を叩き出しそうだった。

 

「ミリヤちゃん眠れない〜……?」


 頭の後ろでウルナちゃんが囁いた。ついさっきまで寝息が聞こえてたはずなんだけど。


「……私眠りが浅くて、何度も起きてしまうの〜。それで起こしちゃったならごめんね」


「大丈夫だよ! これっぽっちも眠くないから……!」


 ウルナちゃんは小さく笑って、今度はぴったりと私に身を寄せた。こんな至近距離でもウルナちゃんから発せられる香りは、無に等しく薄い。まるで、無機質なモノみたいに。


 可憐で小柄な見た目に、何にも固着しない思考で、無機質なところとか……ウルナちゃんを構成する全てに透明感があって、儚げ。

 

 それでいて、この国随一の強さを持っているだなんてギャップは、初めて会った時から私の心を鷲掴みにして離さなかった。


「ミリヤちゃんと二人きりで過ごすなんて、初めて会った日以来だね〜」


「……ほんとだね、あの日は私がウルナちゃんにしがみついたまま眠っちゃって、今思い返しても恥ずかしいな……」


「え〜? 恥ずかしいことなんてないよ〜。裂け目に落ちたらみんなそうなるから〜、それに私の不注意が原因だものね」


 ……そう、初めて会ったあの日は、数日続いた仕事で心身ともに結構疲弊してた。殺し屋なんてほとんどが汚れ仕事なわけだけど、その数日は戦争が絡んでて尚の事だった。


 要するに、ヘトヘトで注意散漫だったのよね。まさかウルナちゃんが乗っていたドラゴンの風圧で、そのまま大地の裂け目に落っこちるなんて……。

 そのおかげでウルナちゃんと運命的に出会えたわけだけど、あんな所に落ちるなんて一生のトラウマだわ。


「……明日から、領土内の東側全域がウルナちゃんの管轄になるんだよね? 少しでも眠らないと……」


「そうだね〜、でももし私が途中で眠ってしまっても、これからは『お利口さん』が一緒だから何の問題もないよ〜」


 ウルナちゃんが普段眠れず、日中急な眠気が襲ってきて、どんな場面でも気を失ってしまう体質だってことを私は密かに知っていた。 いつも遠くから見守ってた甲斐あって。

 ちなみに、『お利口さん』ってのは私のこと。ウルナちゃんはたまに私のことをそう呼ぶけど、きっかけはよく分からない。


「……これから……じゃ……ないね〜……これから……も……だった……」


 急な眠気であやふやになりそうなウルナちゃんの言葉に、私は内心かなり驚いた。

 「これからも」って意味は、今までもそうだったことを示してる。つまり、いつも私が遠くから見てたことがバレてるってこと。

 ……よし、聞かなかったことにしよう。


 突発的にウルナちゃんの護衛に志願した私は、明日から政府の犬になる。言わば転職ってやつ。

 私の立場って北とか南とか関係ないから、ウルナちゃんに迷惑かからないように上手く立ち回らないと——っていや待って。これちょっとまずいんじゃ……。


 私はここにきて痛恨のミスを犯したことに気付いてしまう——。


 私達一族は、依頼さえあれば誰でも葬る。それが北国の人間であろうと、南国の人間であろうと関係ない。

 そんなこともあって私達は昔から、表向上、中立の立場として存在してる。

 それを示すために、どの国にも属さないという契約を一族の長と交わしていて、長は私達個人を管理して、定期的に国へ提示してる。

 

 つまるところ……南国の政府に加担することになる私は、国のルールを犯す違反者になる。


 目立たない訓練生だった頃とは違って、この国の要を護衛するだなんて大役は、さすがに目立ち過ぎる——っていうか違反したらどうなるわけ。


 一族って言っても、親子の概念すら無い私達は教わることが極端に少ない。だから私は掟とかその辺りの情報を持ち合わせていないし、聞ける人間もいない。


 これはかなり大問題な気がする。

 下手したら私、拘束されるでしょこれ。


 急いで打開策を模索していると、浅い眠りから目覚めたウルナちゃんが、不思議そうに問いかけてきた。


「難しい顔して……夜更けに考え事〜?」


 月明かりのせいで私の表情は丸見えだったみたい。打開策が生み出せないこの件を、どうせここで隠してもすぐにバレてしまうだろうと観念した私は、そのまま正直に話すことにした。


 聞き終えたウルナちゃんは黙り込んで、何か思案してるみたいだった。暫くして口を開いたウルナちゃんは、どんでもない発案を持ち掛けてくれた——。

 

「——ねぇミリヤちゃん、私と婚姻を結ぶってのはどうかな〜? そしたらミリヤちゃんも『ノルディア家の一員』になって、一族の決まり事からも解放されるもの〜問題解決〜」


「……——え!?」


 ウルナちゃんの申し出は、有難くも複雑。

 ノルディア家の権力ならそれも可能な範囲なのかもしれないけど、何よりウルナちゃんはそれで良いのかってこと。


 この件で迷惑をかけて、重荷になんかなりたくない。


 もちろん私はウルナちゃんの事を心から尊敬しているし、一生傍でお守りしたいとも思う……思うけど、色々と余計なことが頭を過ぎってしまう。

 

 私が驚きと困惑で言葉を発せないままでいると、ウルナちゃんがこっちを向いてとお願いしてきた。もちろん、すぐに向く。


「婚姻って政府が認可するものだから、前に聞いてみたことがあってね〜。私が選んだ相手なら、北国の人以外誰でもいいよって言われてるの〜。……明日任務で朝早いし、今から認可してもらいに行こっか〜」


 ウルナちゃんは私の返事を待つこともなく起き上がって、片手には大きいローブを、もう片方の手で私の手を取って、優しく微笑みを向けてくれた。


 考えがまとまらず挙動不審が止まらない私と、いつになくご機嫌そうなウルナちゃんは、夜な夜な部屋を飛び出す——。


 これじゃあ私、取り乱したヴェルナと変わらないじゃない。とか思いながら。


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世界は君をガラクタと呼んだ もちづき銀丹 @kaekogi

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