あなたと共にどこまでも
セツナ
あなたと共にどこまでも
気持ちの良い日差しにまぶたの裏を刺激されて、目が覚める。
外では心地の良い声で小さい鳥たちが泣いていて、目覚まし時計代わりに寝起きの私の耳に入り込んで来る。
干されたばかりの柔らかくいい香りのする布団から身体を起こし、部屋の扉を開けた。
廊下を歩いてリビングに向かうと、そこには朝食を作る人の背中が見える。
「おはよぉ、咲さんー」
声をかけるとその人――咲さんはこちらを振り返って「おはよう、きら」と笑った。
この人は私の母親代わりであり、父親代わりであり、友人でもある、大切な人だ。
実の母親に捨てられて施設暮らしだった私を拾ってくれた、大切な人。
***
最近の社会では、児童福祉というものに力を入れているらしく、私みたいに身寄りのいない子どもは新しい親と暮らせるように支援してくれる制度がある。
施設にいた頃、周りにいた子ども達はみな苦しみながらも生きようとしていた。
人間というのはどんなに辛い状況にいようと、少しでも幸せになりたいと願うものらしい。
みんな口々に自分の親のことを話していた。彼女らは戻る場所があった。
戻る場所なんて無いのは、私だけだった。
このまま高校を卒業するまでこの場所にいて、それまでは程々に勉強を頑張って、高校生になったらアルバイトもして、少しでも未来の自分のために貯金をしようと思っていた。
平凡に、中の下から中の上くらいの人生が送れればそれで良かったと思っていた。
それが私の幸せな未来だと思っていた。
愛されたいなんて、願うだけ無駄だと思っていた。
ある日、私に突然の転機が訪れた。
中学2年の春。高校を卒業した子たちが施設を出ていき、少しがらんとして寂しくなった日の昼。
学校に行けない子たちのために施設内に用意された、近隣中学校の分校。そこで出されていた宿題に自室で取り組んでいた時の話だ。
施設の職員が私を呼ぶために部屋の扉をノックした。
なんだろう、と思ったが呼ばれるままついて行くと、施設の中の面談室に連れて行かれた。
そこには身なりの綺麗なシュッとした長身の女性が座っており、私の姿を見ると立ち上がりお辞儀をして来た。
「こんにちは、初めまして」
その人はこれまで私が出会って来たどんな大人よりも、私を対等に見てくれた。
それが咲さんだった。
咲さんとは数回、施設の中や外に出かけた。
職員が言うところの『交流』。
咲さんはどんな時も私の話をゆっくりと聞いてくれて、私が何かを話すと耳をしっかりと傾けてくれた。
彼女の真摯な態度に、私はこの人となら生きていけるかもしれない、と思えた。
だから、職員と偉い人が私に選択を求めたときには2つ返事で「咲さんの養子になります」と伝えた。
元々、施設でも荷物が少なかった私だったので、引っ越しの時に持っていったのはボストンバック一つと大きめのリュックだけだった。
それを見て咲さんは驚いた表情を浮かべ、少し寂しそうに目を細めて、それでも何も言わずに私と共に施設の職員に頭を下げた。
見慣れた施設を背に離れて行く車の中で、本当に私は新しい人生を歩み始めるのだと思った。
***
それから6年ほどの時間が経った。
正確には5年と10ヶ月。
咲さんとの生活は、想像していたよりも更に穏やかで、柔らかい毎日だった。
高校にも通わせてもらって人並み――いや、人並み以上の人生を送らせてもらった。
高校では友達もいっぱいできた。
親から家族から愛情を受けて来た、幼い時から帰る家がある事が当たり前の人生を歩んできた彼女ら。
昔ならそんな人々と笑う自分は虚しく、心のどこかで羨ましさで苦しめられていただろうけど、今の私には咲さんがいた。
だから彼女らと心の底から笑えた。
ある日、学校帰りに友人たちと帰っていたある日。
街中で声をかけられた。
最初はナンパか、と思ったけれどスーツに身を包んだその人は、恭しく私に名刺を差し出して来た。
そこには私でも知っている芸能事務所の名前が入っており、一緒にいた友人たちも目を丸くしていた。
「あなたの笑顔は人を惹きつける。アイドルになりませんか?」
あまりに浮世離れしたスカウトの言葉。呆気にとられたが、羨ましさなんて感じさせない態度で「よかったね、きら!」「きらなら絶対人気出るよ!」と背中を押してくれる友人たちに後押しされて名刺を受け取ってしまった。
「親に相談させてください」
そう言って名刺を家に持ち帰り、仕事が終わって帰って来た咲さんにそれを見せた。
咲さんは驚いたときに見せる表情を浮かべて、私に向き直った。
「きらはどうしたい?」
そう、咲さんはいつだって私の気持ちを大事にしてくれた。
「私、やってみたいな」
昔から、人の前に立つのが好きだった。
施設のクリスマス会では小さい時から歌を歌ったり、ダンスを披露したりしていた。
一年に一回の特別な行事で、集まっていた子ども達や職員達が嬉しそうに手を叩きながら喜んでくれてる姿が好きだった。
その笑顔を生み出しているのが私だという事実が誇らしかった。
だから、どんなに難しい道だったとしても、チャンスがあるなら手にしたいと思ったのだ。
咲さんは私の言葉を聞いて「分かった」と頷いた。
「一緒に話を聞きに行こうか」
そうして、咲さん自ら名刺の持ち主に連絡を入れてくれて、無事私はアイドルを目指す第一歩を踏み出すことになった。
***
実際始めてみると、アイドルという仕事は案外私に合っていたらしく、頑張れば頑張った分だけ結果がついて来た。
今までは何も意識せずに歌っていた歌も、教えてもらったことを意識したら驚くほど上手く歌うことができた。
ダンスは自己流だったけど、レッスンしてもらう中で知らないステップや振り付けを覚えて行く。
できない事ができるようになっていくのが、たまらなく楽しかった。
テレビ番組に出始めたら、周りの評価も更に跳ね上がり私は自分でも驚く程の人気を得た。
その事がとても誇らしかったが、同時にその出来事に心が追いつかなかった。
「私って、なんなんだろ……」
ある日、家でそう呟いたらご飯を作っていた咲さんが振り返った。
「どうしたの、きら。らしくないじゃない」
「うーん……」
はっきりとしない私の様子に、咲さんは手を拭き近寄って来てくれた。
「アイドル楽しくない?」
正面の椅子に座ってそう尋ねてくる。
「楽しいよ」
楽しい。アイドル活動はとても楽しい。でも――
「でも、ちょっと寂しいなぁ」
そう、寂しい。
施設にいる時も、高校生の時も、友達がいた。いてくれた。
でも今は心を許せる人がいない。
事務所の子達は爆発的に人気が出た私を遠巻きに見ていて話しかけてこない。中には明らかに妬ましさの滲んだ視線を受ける事さえある。
友達が欲しい。
「そっか」
咲さんはそう言ってしばらく考えたように視線を泳がせた。
「今度お休み取るから一緒に買い物行こうか」
咲さんの言葉が嬉しくて、私は勢いよく頷いた。
「うん!!」
***
咲さんが取ってくれたお休みの日に、私たちは2人で買い物に出かけた。
洋服とか色んな買い物をして、両手が買い物袋でいっぱいになったらカフェに入ってデザートを食べて。
久しぶりに咲さんとゆっくり過ごす事ができて、私はとっても嬉しかった。
やっぱり咲さんといる時間は幸せだと実感する。
パンケーキをお腹に入れて満足しながら再び、街を歩きだすと咲さんが「あれ……」と驚いた表情を浮かべた。
「咲さん? どうしたの?」
「きらがいる」
私は隣にいるのに咲さんは少し先を見つめていた。
私もそこに視線を向けると、確かにそこには私がいた。私、というよりは『天川きら』がいた。
その姿を見てなんで私の真似してるんだろう、って感情よりも先に、嬉しさが爆発した。
「何あの子! 可愛い!」
隣の咲さんに同意を求めると「かわいいね」と頷いた。
「きっとあの子は、きらの事が大好きなんだろうね」
私も同感だった。
好きだからああやって私にそっくりな姿をしてくれているんだ。
だから、気付いたら私は駆け出していた。
その子の元へ。
「こんにちは!」
声をかけると、その子はとても驚いた表情を浮かべてこちらを見ていた。
自分の目が信じられない、というような感じで。
「あ、天川きら……?」
「そう! 天川きらでーす!」
それが私と、ルイの出会いだった。
***
ルイとアイドル活動を始めることを決めた私は、一番最初に私をスカウトしてくれたマネージャーの元に相談しに行った。
マネージャーは自分の目が信じられないというように、両目をぱちぱちとさせていたが、やがてこれが夢では無いと気付いたようでルイの手を握った。
「ぜひ、きらと一緒にアイドルになってくれ!」
ルイは私を見て「信じられない」という顔をしていたが、私は「だから言ったのにぃ〜」とそれを笑った。
それから私はルイと一緒に過ごす事が増えた。
今までは1人で歌っていた歌も、ルイとパートを分けることになったし、ダンスの振り付けも変わった。
今までは1人だけで立っていたステージ。狭くなったはずなのに、私たちならどんな所にも行けるような、そんな無限の可能性を感じた。
「私、ルイといれば天下無双って感じなんだよねー!」
レッスンの合間、私は彼に話しかけた。
「天下無双? 天下無敵じゃなくて?」
不思議そうな表情を浮かべるルイに私は頷いた。
「そう、天下無双。だって、天下無敵よりも無双の方がかっこよくない?」
「アイドルにかっこよさいる?」
「いるよぉ! だってアイドルだって強くなくっちゃ」
そう笑うと、ルイは「確かにそうかもね」と笑い返してくれた。
ルイはこういう時、一旦私の言いたいことを受け入れてくれる。
私はルイのそういうところが好きだった。
ルイはどこか咲さんに似ていたから、落ち着けるっていうのもあると思う。
でもやっぱりルイと咲さんは違うんだな、って思う瞬間もいっぱいあって、それでも私はルイのことが好きだと思う瞬間がいっぱいあった。
だから、ルイとならどこまでも一緒に行けると、根拠もなくそう思えるんだ。
あなたと共にどこまでも。
どこまでも遠くまで走って行きたい。
そう思える人に出会えて、私は本当に幸せだと強く思える。
そう思わせてくれたルイも、そう思えるようになった私も、私は大好きなんだ。
ルイの横顔を見ながら、心の隅でいつかこの子を好きになるという直感があった。
だけど、今はその気持ちもそっとしまって。
時間をかけて育てていきたいと思ってる。
いつか私たちが花開くその日まで。
-END-
あなたと共にどこまでも セツナ @setuna30
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