概要欄にある作者本人の説明によれば、本作は「妖精らしき物に関する目撃談を記録する一話完結型短編集」とのこと。だが、こんな最低限な紹介では、この短編集のすごさは到底伝わらないと思う。以下のことも概要欄にはそっけなく掲載されていることではあるけれども、
1.各話とも、三題噺の自主企画への参加作品で、特定のキーワード三つを必ず文章に入れるという制約をクリアしている。
2.のみならず、作者自身による追加のキーワード一つを入れて、計四つのランダムな言葉を織り込んでのストーリー制作を実現している。
3.ちなみに追加のキーワードは、短編集全体で通して見ると一応繋がりのある語彙らしい。
というように、やたら面倒な条件を付けた上での同一テーマによる短編を、六つも書き上げているのである。
……なんてことを仰々しく強調していると、その手の執筆が苦手な湾多が、一人空騒ぎをやらかしているようなので、急いで続きを書こう。本短編集の真に瞠目すべき部分は、もちろん本文のクオリティ。一作一作の技量水準がとにかく高い。まあ読み手個人で当たり外れは感じるだろうし、一行たりともツッコミの余地なし、とまでは言いませんが、おおむね安心して作者の話芸を楽しめるレベル、と書けば何となく伝わるでしょうか。
第一話は、志賀直哉みたいな大正文豪っぽい文体の随筆を模した掌編。一人称が「小生」で、「軈(やが)て」とか「全人(まとうど)」とか、すごい言葉が飛び交っている美文調。文末に結構な風格の俳句まで載ってるけど、これもお手製?
第二話もやたら漢字の多い文豪風の文章ですが、一人称が「僕」になっていて、少年の日の不思議な出来事を回想する形の掌編。ストーリー的にすごい展開があるような内容ではないにしろ、ほどよい不条理感がいい味出してる怪談話です。
第三話は現代ファンタジー? 小学校時代の「僕」の思い出、という点では第二話とつながるものの、設定、ストーリーともがらっと変わって、怪異というよりは奇跡を語ったタイプの幻想譚、かな? いい話です。六話中だとここがいちばん一般受けしそうではあります。それなりにクセのある物語ですが。
第四話は突然時代小説調に。妖精譚というよりは、もはや妖怪譚。でも青春小説のような("青春"の字が違うと思うけど)、幻想SFのような。こんな話まで書けるんだなあと、ただただ唖然とするばかり。
第五話は近未来SFの趣のあるショートショート。珍しく説教じみた口調になってる印象で、この作者には珍しいかもと思いつつ、案外古典の説話もののパロディを意識した、とか? 一方これを「妖精譚」とするのはなかなかブラックだなあとも。
第六話は、ちょっと頭軽いイメージの若い女性の一人称で現代……ファンタジーか、これは? 色々と物議を醸しそうな描写も含まれているんだけど、話のオチ的にはセーフなのか、やはり議論百出必至なのか。でも読み応えはあります。第一話から思いっきり遠くに来てしまったとの感は避けがたいですが、湾多としては、これこそそうざスタイル、と呼びたいスラップスティックな饒舌体ブラック譚の怪作かと。
こんだけ濃い作品群を一ヶ月で書くか? もうそれだけでもアマチュア物書きの仕事じゃねえ、と思います。
で、ですね。まだあるんです。以下はもう小技の領域ですが、こんなことやってるの、この人ぐらいでしょう。なんと、
4.サブタイトルが全部フランス語
なんです。いやまあ、だからどうしたと言われればそれまでなんですけど。っていうか、最終話のタイトルだけ翻訳かけても今ひとつわからなかった。どこかの小説の引用? どっかに書いてくれるとありがたいです > そうざさん。
2025/6/21 追記
本文にエピローグを加える形で、作者様から私のレビューへお返事のようなものをいただきました。書きそびれていましたが、この作者さんは現在コメントを受け付けておられませんので、さっそくお読みいただいて嵐のような賛辞を書き送ろうとしてもできません。が、こういう形で一応反応らしきものがもらえる(こともある)ということで w
>サブタイトルは特に意味がない事
いや、第六話の題を自動翻訳してみたら、今一つマズい訳で、どっからこんな言葉が出てきたのかな、という印象だったんで。少し真面目に訳し直して納得しました。平易な日本語タイトルだと、「たまには偽妊娠なんてことも」とかそんな内容ですよね? ってか、ネタバレタイトルだったのか……。