まくら

春野 セイ

真剣白刃取り




 えー、「天下無双」というあたしにはなかなかなじみのない言葉から、何を連想したか。皆さま方、お一人ずつ違うと思います。あたしが連想したのはある一人のお方でございまして。

 天下無双のあの方について、今回はちょっとばかしお話させてください。いえ、そんなに長い話じゃありません。





「おう! 姉さん、今日はなに用でえ」

「ちょっと聞いておくれよ。この話を誰かにしないと寝られなくってさ」

「へええ、それは人助けだ。ぜひ聞かせてもらおうか」

「こないだちょっとした『お題』をもらっちまってね。おかげで頭から離れないんだよ」

「ほお。で、そのお題ってえのは?」

「『布団』だけどね。そこで思いついたのは、あたしが尊敬しているあるセンセイが漫画の吹き出しで言ったんだよ」

「なんて言ったんだい?」

「誰が誰に言ったかは覚えちゃいないけど、こう言ったのさ。布団が吹っ飛んだ」

「よくあるダジャレか。何だいその先生とやらはダジャレが好きだったんだね」

「そうなんだよ。あたしが小学生の頃だったけど、あのセリフは忘れられなくってねえ。で、今になって、センセイが言った布団が吹っ飛んだの意味を深掘りすることにしたのさ」

「で、先生って誰なんだい?」

「まあ、センセイはセンセイさ。布団が吹っ飛ぶには、布団が吹っ飛ぶ状況が起きなきゃ、布団は吹っ飛ばないよね」

「まあ、そうだな」

「あたしは思ったのよ。おそらくセンセイは当時、週間連載の漫画を描いていたから、あまりに忙しくってね。センセイは眠りたかった。けれど、天下無双を取るためには、寝かせるわけにゃあいかない。そこで、担当さんは布団を隠したんだと思う」

「寝かせてもらえないのか。それは気の毒だ」

「そこで、センセイは突拍子もないバトルを思いついた」

「へえ、それは一体なんだい?」

「ロックは8ビート。ダンス・ミュージックてえのは、16ビートを刻むんだとよ」

「意外だな。ロックの方が激しいイメージがあったが」

「ダンス踊っている人たちを甘く見ちゃあいけないよ。あれはね、16ビートって8の倍のスピードなんだ。そこで、センセイは突然、ネームにはなかったダンスバトルを入れて、床に無数に敷かれた布団を吹っ飛ばすシーンを描いて担当さんに見せた」

「編集さんはびっくりしただろうね」

「いや、さすがセンセイの担当さんだよ。彼はこう言ったのさ。枕を用意し忘れていましたねって」



 おあとがよろしいようで。


             終


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まくら 春野 セイ @harunosei

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