世界を救う掃除機

青いひつじ

第1話


年々悪化する環境破壊問題に、政府は頭を悩ませていた。

産業廃棄物、空気を汚染する自動車、海を汚す生活排水、プラスチックゴミ、森林伐採と、例をあげれば尽きない。

この問題の打開策として開発されたひとつが、埋め込み式ラッパ型掃除機である。


その名の通りラッパの形の掃除機で、ベルが空を向くようして地面に埋め込む。ボタンひとつで操作は可能。1回押せば起動し、周りのゴミを吸い取ってくれる。2回押すと吸い込む風が止まる仕組みである。


生み出したのは、ひとりの研究者だ。

北の村からやってきたという研究者は、まず小さな村での実験を政府に提案した。

選ばれた村は西にある人口500人ほどの村だった。

この政策に、村の人々はこぞって憤慨した。畑を耕す土地が半分も奪われてしまうからだ。

政府の立ち入り日には、抗議のため300人が集まった。しかし、訴えも虚しく工事は実施され、人々は涙に溺れるしかなかった。



数日が経ち、完成した土地に足を運んだ村人たちは言葉を失った。

地面を這う裏見草の隙間からは、金色のユリが顔を覗かせている。それはラッパ型掃除機なのだが、人々の目には、まるで黄金の花畑が広がっているように映った。少し前まで、ただの枯れ地だった場所がである。

みなが感嘆し、数日前の自分を悔いた。


「いやいや、こんな光景になるとは夢にも思わず、大変失礼なことをした。それに掃除機ということは、村中のゴミを吸い取りきれいにしてくれるということ。なぜ、このような利器を拒んだのだろうか。どうかこのまま、村で実験を続けてください」


「私の思いが届いたようで良かったです。このラッパ型掃除機の実用性が証明されれば、世界中のゴミを無くすことも不可能では無いのです。それはつまり、世界を救うことを意味する。正に大発明と言えるでしょう。しかし、実は私も、あなた方の土地を奪ってしまうことに関してはとても心苦しいのです。成功したあかつきには、土地を元通りにすることを約束しましょう」


村長と研究者は固く握手を交わした。




次の日から実験は開始された。

はじめに向かったのは、実験地A。着くと、前日の大風で落ち葉の絨毯ができあがっていた。


「これはひどい。完全にどかすのに1時間はかるでしょう。ですがもうご安心ください。ラッパ型掃除機で一瞬のうちに全て消してみせます」


研究者が軽くボタンを押す。すると所々に埋められたラッパのベルからコーコーと音が鳴り出し、みるみると落ち葉が吸い込まれていった。


「すごいぞ!まるで魔法だ!あっという間に落ち葉が無くなったぞ」


「この掃除機は私たちを救ってくれる魔法の道具よ!」


村人たちは目を輝かせ歓喜の声を上げた。

そこで研究者は、ひとつ提案した。


「喜んでいただけて何よりです。掃除機の力も証明された。そこでみなさまにひとつご相談なのですが、もう少し大きなサイズの掃除機をご用意しようと思うのですが」


「しかし、今でも充分に吸引力もあるし、何ひとつ問題はないが」


「えぇ。吸引力はおっしゃる通り。ただ今のサイズだとベルが小さく、落ち葉や紙クズ程度のゴミしか入らないのです。もうひとつ大きいサイズにすれば、パンパンになった30リットルのゴミ袋も吸い込むことが可能になります。いかがでしょう」


村長は思考を巡らせた。無理もない。どんなに良質な利器だとしても、サイズを大きくするということは、その分土地が失われるということ。村人のことを思えば、すぐに答えは出せないだろう。

ゆっくり考えてみてくださいと、研究者は無理強いしなかった。しかしそれが功をなしたのか、翌日には、考えがまとまったと連絡が届いた。

リスクを犯しても導入するべきであると、村人たちが判断したようだ。

1週間後、トラックに載って中型の掃除機が運ばれてきた。



至る所に埋められた掃除機は、遺憾無くその力を発揮した。ゴミ収集所までいく手間が省け、村人たちは大喜びだった。家の前にゴミ袋を置くだけでいいのだから。

また研究者はひとつ提案した。


「お力になれてよかった。そこでまたご相談なのですが、先週大型機が完成しまして、こちらを導入してみるのはいかがでしょう。しかしこれはかなり強力な吸引力ですので、参考までにこちらの動画をご覧ください」


研究者が差し出したタブレットには、周りに置かれた粗大ゴミが次々と吸い込まれていく様子が映っていた。


「実は、実験はすでに成功しているので、来月には世界中に設置される予定なのです。この村にもぜひ、一台あるだけで大変便利ですよ」


村長と村人は顔を見合わせ、お互いの意思が同じであることを確認した。


「ぜひ、お願いしたい」


「了解しました」



翌月から、トラックの出入りが激しくなった。

あまりの大きさに一度では運べないため、いくつかのパーツに分けて運ぶ必要があったのだ。

組み立てると、高さ5メートルはくだらない、超巨大掃除機が完成した。


組み立てが終わると、研究者は岩の上に立ち、鮮明に聞こえる声で説明を始めた。


「ついに巨大掃除機が完成しました。明日の昼12時、吸引を開始します。吸引が始まると振動が起きる可能性があります。12時前には外に出て待機してください。また、ペットがいる場合は、吸引の間、我々が預かります。それでは明日、よろしくお願いします」


研究者の説明は簡潔で分かりやすいものだった。素早く機能する頭脳に人々は色気すら感じ、歓声と拍手はしばらく続いた。




翌日の朝。

村人たちは、粗大ゴミを掃除機の近くへと運んだ。飼っている犬は、指示された地下の部屋へ預けた。何人かの村人たちは、12時前からソワソワと待ちきれない様子だった。針は59分を指している。

掃除機を囲いながら、誰かがカウントダウンを始め、つられて誰かが声を上げる。

5、4、3、2、1。


次の瞬間、大きな揺れと共に掃除機の周りには轟々と強風が吹き荒れ、粗大ゴミが巻き込まれていった。

いや、粗大ゴミだけではない。地上にあるもの全てが吸い込まれていく。

枝も葉も、岩も、車も、ボロ屋も、村人も。100kgを超える巨体だって関係ない。風にのって掃除機の周りをくるくると飛び回り、穴に吸い込まれていく。


「きゃああああ誰か助けてくれぇぇぇ」


1分も経っていない。まるで初めから何もなかったかのように、ゴミもボロ屋も人間も、姿を消してしまった。





その光景を山頂から鳥瞰し、忍び笑う影がひとつ。影はいったん満足すると、通信機を取り出し何者かへ一報をいれた。


「ボス、計画は見事達成されました」


「よくやった。他の場所も全て成功だ。1人たりとも残っていないか確認し、動物たちを解放してやれ。掃除機は宇宙船に載せて、ブラックホールにでも捨てればいい」


「了解しました。はぁ、なんと素晴らしい。残っているのは海と木々と動物たちだけ。ついに元の状態に戻ったのですね。私はずっと、この時を待っていた気がします」


「美しいだろう。世界のゴミが全てなくなったのだ」







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