月に恋した神鳥と天下無双の剣士

新戸啓

神鳥と剣士

 天下無双と謳われた一人の剣士がいた。

 彼はとある国の王から依頼を受けて、都の近くにある森へとやって来ていた。


 依頼とはその森の泉に生息するという神鳥カンウを討伐することだ。何でも王妃がその鳥を素材とした羽毛布団を所望しているのだとか。

 正直、神の使いともわれる存在をそんな理由で討伐いいのかとも思ったが、王命なので仕方ない。それに自分は流れの剣士だ。旅先の国の行く末など気にしても意味はない。


 カンウは神秘的で美しい鳥だった。体長は一メートルくらい。翼を広げたらその倍くらいの大きさはある。その身体は鮮やかな青色を基調としており、頭頂部だけは黄色と緑色で、そこはその二色で装飾された冠を被っているように見えた。

 森の近くに住む者からは一目見ればすぐにわかると言われたが、泉で発見したとき確かにその通りだと納得した。


 カンウは雷の力を扱えるらしい。ただ討伐する上でそれ以上に厄介なのが、警戒心の強さだという。五感が非常に鋭く、近づくとすぐ飛んで空に逃げてしまうというのだ。


 空に逃げられては、剣士である彼には討伐のしようがない。倒すなら何らかの策を練る必要がある。そういうわけで、剣士はしばらく森に通ってカンウを観察することにした。


 観察を始めて一ヶ月。わかったことが幾つかある。

 一つはカンウが夜行性であること。基本的に夜の泉で見かけることが多かった。今のところ昼間に見たことはない。


 二つ目はどんなに気配を消して近づいても、半径五十メートル以内入ると凄まじい速度で飛んで逃げてしまうこと。これは雷の力を応用して探知しているとみて間違いない。カンウのテリトリーに入った瞬間、ビリッとした感覚があるからだ。ちなみにテリトリー外から弓で攻撃してみたりもしたが、動きが速すぎて捉えることはできなかった。

 

 最後は満月の夜の出来事。月明かりの下、カンウは湖の畔で奇妙なダンスを踊っていた。まるで月に求愛をしているように、一心不乱に何時間も踊り続けたのだ。


 森に住む動物や魔物は、カンウの邪魔にならないように少し離れた場所からその様子をずっと眺めていた。いや、無防備なカンウを守っていたようにも見えた。


 そう。そのときだけは隙だらけだったのだ。

 おそらく討伐しようと思えばできただろう。しかし、狩る者狩られる者問わず一堂に会している光景は実に異様かつ神秘的で、剣士はその場を穢してはならないような気がして剣を抜くことができなかった。


 結局、剣士はカンウを討伐せずに観察結果だけ王に報告した。あのダンスは神事である可能性があるので、手を出さない方がよいと一応助言したが、国王は聞く耳を持たなかった。逆に見す見す討伐の機会を逃した剣士に対して激怒し、国外追放を彼に命じた。


 数年後、風の噂でその国が滅んだと聞いた。何でも神鳥を討伐した直後、深刻な水不足が起き、大地は枯れて恵みを失い大飢饉が起きたらしい。このとき剣士は何と罰当たりな程度しか思わなかった。


 後に家庭を持ち子供が生まれたくらいの頃、『月に恋をする青い鳥』というお伽噺の存在を知った。闇に支配された夜、巣から落ちた鳥の子が月の女神に助けられ、それ以降満月の夜の度に再会を願って踊りを捧げる話だ。女神は現世に干渉したことで当面の天下りを禁止されたが、月からその鳥を見守り続けてその土地の安寧を願ったという。


 この話を読んだとき、剣士は真っ先にカンウのことを思い出した。間違いなく、あの神鳥をモデルにした話だ。


 お伽噺の通り、あのダンスは月の女神に向けた求愛だったのだろう。女神はそんなカンウの熱い想いに応えて、彼の暮らす土地に恵みを与えていたのかもしれない。だからこそ、周りの動物や魔物は協力してカンウを守っていた。それなら辻褄は合う。

 そして知らず知らずの内にあの国はその恩恵を受けて発展を遂げていた。それを王妃の布団で手放したのは実に滑稽といえる。


「お前は俺のようにいい女を捕まえろよ」


 元剣士は寝かしつけた息子にそう言って鼻を鳴らすのだった。

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月に恋した神鳥と天下無双の剣士 新戸啓 @arato_hiraku

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