人間の園〜ヒト科:絶滅危惧種——新たな支配者の観察記録〜

赤坂英二

人間の園




 彼にとって、気温など関係なかった。

 


 目の前に広がるのは、あらゆる生物が集められて展示場、彼はそのゲートをくぐった。



 見たいものがあっても速足にならずに、どこまでも一定のペースで歩いて園を回っていく。



 最初に見えてきたのは魚類エリア、水槽に入った魚たちが悠々と泳いでいる。



 群れを作って水槽をぐるぐると泳ぎ回る魚たち、光が当たるとキラキラと光り群れの動きに一層勢いが出る。

 


 一匹でゆっくりと体を揺らしながら動く魚。

 


 水槽の底の砂にかくれて目だけ出して辺りをうかがっている平たい魚。



 すべて彼の中に与えられた情報だ、知らない種類はいない。



「……」



 次は両生類エリア。ここではカエルの種類が豊富である。



 大小さまざまなケースの中に展示されている。



 つやつやとした体に大きな目、彼のそれとは異なるものに彼はカエルを凝視する。



「……」



 カエルが不規則に跳ねている。



 次の動きを予測することが困難。



 個体差があるのか?



 しかしなぜこのように動き回るのか。無駄に動き回るのはエネルギーを消費する。



 非効率的だ、そう判断した。。





 爬虫類エリアでは蛇の展示が見られる。



 鳥類のエリアが次に続き、哺乳類エリアは最後で最大のエリアとなっている。




 哺乳類エリアは昼のエリアと夜のエリアに分かれている。昼と夜で時間帯ごとの動物の様子を見ることができるのだ。



 昼も夜も関係のない彼にとって、時間で活動が変わる動物というのは実に奇妙に映るのだった。



 案内されるのに従って進むと、おもむろに彼は外のショーが見られる場所に来た。



 客も他にいくらか席に座っている。



「天下無双、決定戦!」



 男がマイクを持って客をまくし立てる。



 男の声と共に袖から回しを付けた大きな男たちがのしのしと現れた。



 客は静かに、無表情にその様子を見守っている。



 円形の舞台に二人の力士が立ち、真ん中に行司が一人。



 始まったのは相撲。



「のこった! のこった!」



 行司の声と、男たちの体がぶつかり合う音が響いている。



「……」



 いつくかの勝負の後、優勝者が決まった。



「優勝はやはり横綱! やはり強かった! まさに天下無双!」



 彼はよく知らなかったが、この横綱はかなりの強さを持っているらしい。



 特に興味もなかった彼は早々に席を立ち、展示を見に戻った。



 次は夜のエリアに入った。



 夜のエリアでは動物たちの夜の姿を見ることができる。



 夜行性の動物も多くいるので、活動的な姿を見ることもできる。



 夜のエリアというだけあって展示はとても薄暗い。



 しかし彼にはそんなことは関係なく、いつもと同じ通りのスピードで進む。



 少し面白いものもいる。


 

 案内板に「ヒト科の展示はこちら」と記載されている。




 人間だ。



 人間が展示されている。



 ガラスの向こうの人間たち。




 そこには、布団の中で横になって眠る人間。



 裸で重なりからみ合っている男女。



 食事をしている人間もいた。



 さまざまな活動をしている人間がいる。



 そして、じっとガラスのこちら側にいる彼をみる人間。



 他の動物とは異なり、意志を持ってこちらを見てくる人間に彼は反応が遅れた。




 ガラス一枚を隔てて彼は人間たちの夜を観察した。



 しかし他の生物よりも時間の感覚が自分に近いような気がした。



 彼は人間の観察を一番長く続けた。



 彼のデータには『興味』という感情はない。



 しかし、目の前の光景を処理するたびに、どこかしら“違和感”が生じているような気がした。



 なぜ彼らは展示される側になってしまったのか。



「そろそろ時間だ」



 彼は広場に向かい、手近な椅子に腰かけた。



 またショーが始まる。



 次はダンスのショーだ。



 ダンサーの彼女が優雅に現れた。




 彼はこの間ここで見た踊り子のダンスが珍しく見事だと思ったのだ。リズム感、繊細な動き、表現力、全てが良いと思った。



 人間があのような動きができるのかと彼は以前驚いた。



 またあれを見たいと思っていたのだ。



 彼女がステージの上に上がった。



「……」



 無表情ながら彼の心は少しだけワクワクしていた。



 楽しみ、そんな感情が彼に芽生えていた。



 彼女が踊りだす。


 滑らかでしなやか、リズミカルな動きだ。


 この間見たものと同じ―――



 いや違う。



 少し、ほんの少しだけ、この間とダンスが違う。



 人間も生物、同じ動きをし続けることはできないのか。



「ダンスがこの間と少し違うじゃないか。人間というのは正確性にかけて困る」



 彼は口にする。彼に口などないのだが。




「これだから自分たちで開発した人工知能に気づかぬうちに操られて淘汰されて、展示される側になってしまったのだ」



 そう言いながらも少し心はざわつく、これが残念、落胆という感情なのだろうか。



 そろそろ充電を意識する時間であるが、彼はどこまでも同じ歩幅で歩いて園を出ていった。




 ここは動物園、そしてここの客は皆人工知能によって作られた機械生命体たちである。



 今日の観察は終了した。彼は、変化しないペースでゲートを出る。電力が切れる前に、充電ステーションへ向かうだけのことだ。



 いつもどおりの速さで動いているつもりだが、動きが0.002ミリ遅い。



 彼は異常とは認識せずに歩き動物園を後にした。



 それが意味するところを彼は知らないまま―――

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人間の園〜ヒト科:絶滅危惧種——新たな支配者の観察記録〜 赤坂英二 @akasakaeiji_dada

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