今宵、いっしょに花火に行かない?
雪方ハヤ
今宵の星に、目を覚ましてください。
「汐ちゃん……
今晩のことを『今宵』と呼ぶ彼のそのセリフは、深く私の心の中に残っています。
病室のベッドから起きた私はすぐに彼の姿を目で追いました。
そんな私はかつて、そんな彼が大好きです。
宝石の碧眼は輝くまなざしを放つ。
太陽の下で風と共に舞う墨色の髪。
私をギュッと抱擁できる、温かみのある彼の
清々しくて心地よいミントの香水。
「うん! 今年の夏祭りは盛り上がりそうだね!」
本当に大好きなのでしょうか? なのに私は、彼の名を記憶の
あの夏祭りの夜は、私の『思い出』というおもちゃ箱の中の、大きなぬいぐるみのようでした。
やがてその日の夜となる。
緑の芝生がある公園のブランコに座り、じっくりと夜空の景色を眺めました。その日は少し蒸し暑かったのですが、彼の身から清々しいミントの香りが漂っていました。
満天に広がる一つひとつの宝石がつながり、星座となった夜の星を見上げた――。
「さ! もうすぐ花火が来るよ、し、お、ちゃん!」
「うんっ……!」
夜空の背景で煌めく彼の横顔と、満天の星が映るワクワクの瞳。
そして――ヒューと、流れ星のように夜空に舞い上がる閃光。
爆発した瞬間、花火から浮き出たものは、驚きと共に一生かけて忘れられません。
爆発した火花には、特製された文字が並ばれていました。
『汐ちゃん、結婚してくれませんか?』
「……えぇ!?」
隣に静かに座っていた彼は、悪い笑みをして、私のほうに顔を向けました。
「えへへ、特製の花火は高かったんだよな……で、結婚してくれませんか?」
「え……えぇ!?……うちらまだ高校生でしょ……」
「ははぁっまだ、早かったかぁ……」
しかし私は目の前の男と、世界で唯一の花火に目を逸れることができなかったです。
「汐ちゃん、これ……好きでしょ?」
すると彼は、マイバッグから桃色の猫のぬいぐるみを取り出しました。
「……え? これは…………」
私の大好物の猫です。ふわふわとした触り心地と、癒される猫顔。そのぬいぐるみの瞳は、まるで宝石のようだったのです。
「ありがとう……」
「ううん、いいんだよ」
暖かな夜空に包まれ、星座に照らされる。賑やかな花火を見上げて、彼と喋り合う。
この日の思い出を無限に延々と繰り返したかったです。
しかし私は、『思い出』という旅路から無理やり引きちぎられた――。
苦しく瞼を開け、目の前には検査をしに来た女性の看護師さんが病床の横に佇んでいる。
看護師の手中には、一枚の新聞紙と一枚の小さな白紙があった。
「これ、読んであげるから冷静にしててね」
「は、はい……?」
『速報、八月一日の夏祭りの公園に、失走した車が突っ込まれた。一名の女性が意識不明、一名の男性が――死亡』
「え……? だれの、ことでしょうか?」
「ごめんね、いったん落ち着こう」
看護師はそう言い、続けてあの白い紙を読み上げた。
『通知書、汐さんの頭部に深刻なダメージを受けられ、即座に手術を行いました。しかし一部の記憶を喪失を想定されます……』
看護師さんは読んでいる途中に、何度か私の表情を察しているようだ。まるで次の瞬間、私が暴れ出すかのように見張っていた。
しかしそれを聞いたとき、口に出せないような感情が浮き出た。私は不可解な気持ちを抱いてじっと彼女の瞳を見つめる。
「どういうことですか……? 私のことですか……?」
「うん……ショックだろうね……しばらくここで休んでいてね……」
看護師さんは暗い顔をして、その場からそっと離れた。
すると、私はようやく思い出しました。
あの日の夏祭り、終盤ころに私たちはなんらかの力のせいで、すごく痛い。血塗れになっていたんだ。
真っ赤になっていた、彼は。
私はすごく痛かった。
しかし痛くても、私は手中にある何かをずっと抱えていました――。
「彼は……? 今どこにいるの?」
むやみに私は、彼のことを呼び始めた。
「ねぇ……今どこにいるの?」
私はまだ痛い体を我慢し、無理やり立ち上がった。すると地面には、丁寧に置かれているおもちゃ箱を見つかる。私はそこに近づき、ゆっくりと箱を開けた。
私――思い出した。
そこには、無数の思い出が詰まっていたのだ。
彼が私にいままでくれた、おもちゃ達である。そのど真ん中には、洗っても落ちない血に染まる猫のぬいぐるみ。
すると病室の扉から、ミントの香りを帯びたある人の声が耳に届く。
「汐ちゃん……今宵、いっしょに花火に行かない?」
今宵、いっしょに花火に行かない? 雪方ハヤ @fengAsensei
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