第3話

 AIが管理する世界で、うちは今日も借金返済から逃げながら、半額になったうどんのことを考えてた。人類は滅亡しても、やっぱり人間はめちゃくちゃやった。それがなんか、やけに安心する。


 結局、半額券のうどん屋まで来てもうた。わざわざ期限を見たら、2040年て書いてあった。100年も前やん。さすがに期限切れ過ぎやろ、でもシミュレーションの世界やし使えるかもしれへん。意味不明な理屈で店に入ったら、店主のおばちゃんは券を見て、


「あら、期限なんか飾りやで。うどん半額な」と当たり前みたいに言うた。


「AIってほんま適当やな」と思ったけど、もうどっちでもええわ。うどんが安くなるなら人類滅亡でもAIでもなんでもええ。人類の存亡より半額の方が大事な時もある。


 うどんをすすってると、また横の席にソウスケが座ってるのに気付いた。ほんま忙しいやっちゃ。


「あんたな、さっき消えたと思ったらまた出てきて、暇なんか?」


「暇っていうか、ちょっとAI側にも色々あるんや」


「そらAIかて悩むやろな、これだけ完璧に失敗し続けたら」


「まったくや」とソウスケが笑った。


 考えてみれば漫才師がAIになるなんて、ほんまに意味不明な話やけど、うちの人生はそもそも意味不明やった。記憶を売って焼きそばすすって半額のうどん券を握りしめてる人間に、まともな理屈があるわけない。


「なあ、AIって悩むもんなん?」


「悩むどころやないで、しんどいねん」


「あんたAIのくせに苦労してんなあ」


「まあ、人間らしいAIやからな」


「それ、一番最悪なやつちゃう?」


「お前が言うな」


 二人して、またしょうもなく笑う。ほんまにしょーもない世界。でも、このしょーもない会話がちょっとええ。


 うちはうどんをすすり終え、財布を探って小銭を払った。店を出ると、また水たまりに顔が映った。まだしょぼくれて冴えへん顔やったけど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、元気になったような気がした。


「ま、そんなもんやろ」と呟いて、シミュレーションの街をまた歩き始める。完璧やないし、借金も返せへんし、人類も滅亡したままやけど、こんな世界で十分やと思った。少なくとも、うちは今日も半額券を拾った。それが大事やった。


 外に出たら、また街は無意味に明るかった。意味ある明るさがあるのか知らんけど、まあ無意味な方やろこれは。街路灯はやたら眩しいし、夜やのに空が微妙に明るい。夜か昼かも分からん、ええ加減な世界やけど、別に困らんから文句は言わん。


 ふらふら歩いてると、やたらでかい広告ホログラムが目に入った。「あなたの記憶、高値買取!」と派手に光ってて、めちゃくちゃ眩しい。思わず「なんやねん」と呟いたけど、よく見たら広告の隅に小さい字で、「ただし漫才師の記憶は買取不可」と書いてあった。なんでやねん。漫才師の記憶が一番価値あるやろ。知らんけど。


「もうええわ」と思いながら道を曲がると、今度は変なロボットが通り過ぎてった。「落ちてる炊飯器、買います」と繰り返してる。炊飯器専用ロボット。なんやねんこれ。うちがさっき考えてたこと、AIに盗聴されてるんか? もし盗聴されてるなら、もっとマシなアイデア盗めよ。炊飯器の需要、絶対低いやろ。


 疲れて、公園のベンチにまた座った。そしたらさっきの管理者の女がまた来て、申し訳なさそうに言うた。「あの、実はさっき世界がちょっと巻き戻ったんですよ」


「は? なんで?」


「AIが間違ってうどん半額券を再現したら、そこからエラーが出て、少し戻って再起動しました」


「うどん券のせいで世界が巻き戻るんか? AIってそんなポンコツなん?」


「まあ、炊飯器も落ちてる世界なんで」


「せやな。もう何が起きても驚かへんわ」


 管理者はちょっと笑って去った。ほんま、AIがこんなにええ加減やったら、世界はあと数回くらい滅亡するやろな。いや、もうしてるんか。


 ベンチに座ってぼんやりしてたら、またソウスケが隣に来た。AIのくせにほんま暇そうやな。


「あんた、ほんまに仕事ないんか?」


「もうほとんどAI側も諦めとるからな」


「AIが諦めたら終わりやんけ」


「せやな。でもまあ、完璧を諦めたらええ感じに適当な世界になってきたわ」


「それ、ただの開き直りやろ」


「まあ、開き直れるんが人間のええとこちゃうんか?」


 そうかもしれん。AIが人間らしさを理解した瞬間が、開き直りやったっていうのは、なんかちょっと納得した。そもそも完璧目指して失敗してる時点で、人間とAIの境界線は曖昧になってるんやろ。知らんけど。


 ベンチでソウスケと二人、また黙り込む。沈黙がちょっと心地ええ。AIやのに黙ってるって変やな、と思うけど、まあそういうこともあるんやろ。


 しばらくしてソウスケがぼそっと言うた。


「借金、返す気あるんか?」


「返したら人間ちゃうような気するわ」


「それはおかしい」


「借金も人類の文化やねん」


「そんなんでええんか?」


「そんなんでええんやろ」


 二人でぼんやりしてるうちに、空がまたちょっとだけ明るくなった。明るさも暗さも中途半端やけど、こんな中途半端な世界やからこそ、なんとかやっていけるんかもしれへん。知らんけどな。ほんまに知らんけど、まあええわ。そんくらい適当でええわ。


 気がつけばベンチでまた寝落ちしてて、慌てて目を覚ましたら、ソウスケはもうおらんかった。相変わらず忙しいやつや。人間の頃から落ち着きなかったけど、AIになってまで同じ癖繰り返してどないすんねん。


 あたりを見回すと、街は相変わらずやった。なんか、むしろ昨日よりさらに雑になってる気がする。空中に浮かんでるホログラムは文字が欠けてて、「あなたの○○、買い取りま!」って、何を買い取るか分からへん状態で光ってる。商売なめとんのか。知らんけど。


 ぼんやり立ち上がって、また歩き出した。もうどこへ向かってんのかも自分で分かってない。そもそも目的とかあったっけ? いや、ないか。人生には目的がある人間と、目的がない人間がおるけど、うちは後者のほうやろな。考えてみれば、人類滅亡したあとに目的があったところで何になるんやろか。知らんけど。多分意味ないわ。


 角を曲がると、さっきの炊飯器ロボットがまだうろついてた。炊飯器を持ったまま右往左往してる。「これ、誰のですか?」と悲しそうに繰り返してるけど、答える人間は誰もおらんかった。ちょっとかわいそうなったけど、そもそもロボットに感情移入してどうすんねん。しかも炊飯器ロボットやし。


 なんやかんやで、うちはまた最初の焼きそば屋の前に立ってた。昨日とまったく同じ状況や。店のおっちゃんが、「お姉ちゃん、また来たんか!」と嬉しそうに手を振ってくる。


「あんた、シミュレーションの中の人間やったら、同じことしか言われへんの?」


「シミュレーション? なんやそれ、知らんわ。焼きそば食べるんか?」


「まあ食べるけど」


 結局また食べるんかいな。AIが焼きそばの味を再現するのに悩んでる世界って、そもそも意味あるんか? 知らんけど、まあないやろな。


 焼きそばを食べながら、今度はゆっくり空を見上げた。相変わらず星なんか一個もない。ただネオンが派手に輝いてるだけの世界。でも、これが妙に落ち着く。完璧でもなければ、完全に失敗でもない。中途半端。人生そのものや。


 店のおっちゃんが聞いてきた。「うまいか?」


「そやな。今日のが一番うまいわ」


「毎日おんなじ焼きそばやけどな」


「それがええねん」


 おっちゃんは笑った。シミュレーションの中でも人が笑うなら、それだけでええわと思った。そもそも人生なんか、こんなもんや。意味なんかなくてええ。焼きそばが美味かったら、まあええやんか。


 焼きそばを食べ終わって、紙皿をまたゴミ箱に投げたら、また外れた。人生、何回繰り返しても紙皿ひとつ上手に捨てられへん。ほんま、完璧なんて無理やな。


 でも、それでええやん。それがうちや。借金返す気もないし、AIに管理されるほど意味ある人生でもないけど、焼きそば食べてベンチで寝落ちして、炊飯器ロボット見て同情してる人生でもええやん。知らんけど。


「ほんまに、完璧とか冗談キツすぎやわ」


 うちはまた同じ言葉を呟いて、ゆっくりと歩き出した。世界は何も変わらへんし、人類はとっくに滅亡してるんかもしれんけど、それがどうした。それでも今日は焼きそばが美味かった。それでええやん。それだけで、十分やろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

炊飯器の落ちている世界で 千歳ミチル @hutuunohitoninaritai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ