【KAC20255】異聞~宮本武蔵の敗戦~

六郷

三題噺「天下無双」「ダンス」「布団」



宮本武蔵————「天下無双」と称され、数多あまたの剣豪の中でも燦然と輝く「キング・オブ・サムライ」


最近、その異聞について記された書物が新たに発見され、新聞などのメディアでも報じられたことは記憶に新しい。


その「異聞」とは、生涯不敗とされた宮本武蔵が、というものである。



——寛永元年(一六二四)

宮本武蔵が四十一歳の時。


出羽の国(現在の山形県と秋田県の辺り)の山中で、一人のわらべと出会った。

川辺でドジョウを取っていたその童は、泥まみれでありながらも場違いな眉目秀麗な器量に、アヤカシのたぐいかといぶかるほどであった。


さらに目を引いたのは、ドジョウ取りの奇妙な漁法である。

両手に苦無くないを持ち、独楽こまのように両手を鋭く回転しながら水中のどじょうを器用に跳ね上げていく。

足場の悪い川面の石の上を軽快な足取りで移動しながら、次々と水しぶきをあげていた。


兵法者としての武蔵の観察眼は、その美麗な身のこなしに見惚れていた。

(まことに不思議な体術だが、兵法や剣術のものとは思えぬ……忍びの術たぐいであろうか?)


その水しぶきが武蔵にかかることで、童がようやくその存在に気付く。

非礼を詫びる童に「良い。この程度のことを気にする武士もののふなどおらん」と高笑いで返した。


織三おりぞうと申します」

童は近くに住む農家の子であるが、先日唯一の肉親であった父親を亡くしていた。


父親の好物であったドジョウを供えるための弔いの漁であったが、村の共同墓地まで距離が遠く、子どもの身では父親の亡骸を運べずに難儀していた。

「造作もない」

武蔵は父親の亡骸を軽々と抱え上げ、墓地まで運んでやった。


「感謝の念に堪えません。これで父も成仏できます」

「他に身寄りはあるのか?」

「いえ……」

「ならば、オレと一緒に来るか?」


当代一の武芸者の勘である。

その体術の見事さから鍛錬すればサムライとして名を上げられるであろうと。


「えっ、わたくしがですかっ?! そんな、名も知らぬ方にそのような」

「名か、宮本武蔵という」

「えっ、あっっ、あの『ミヤモトムサシ』さまですかっっっっっ?!」

織三おりぞうの驚嘆の声は、周囲のケモノたちが驚いて逃げ惑うほどであった。


現代でこそ「五輪書」を通じて世界的にも知られているが、この当時に「宮本武蔵」のことを一般の農民が知っていることは考えづらく、なぜここまで驚いたのか?


——これは後述する。



その後、武蔵と織三おりぞうは、諸国を遍歴しながら士官先を探していたと言われる。

しかし戦国の世は去り、サムライもまつりごとに明け暮れ、武蔵ほどの剣声をもってしても士官は容易なことではなかった。


実際、武蔵が肥後熊本藩主である細川忠利ほそかわただとしに気に入られ、ようやく士官したのは織三おりぞうと出会ってから16年後の57歳の時である。



「武蔵さま、お話しなければならないことが……」


水くみから戻ったばかりの織三おりぞうの神妙な様子に、武蔵は夕げの飯炊きの手を止めた。

「わたくしは、今よりずっと先の時代から参りました」

あまりの珍妙な話に、さすがの武蔵も耳を疑う。


諸国を旅して2年ほどの月日が経っていた。

織三おりぞうは15歳となり、その美丈夫ぶりにますます磨きがかかっていた。


聞けば、12歳の時に川で流され、滝から落ちたという。

滝壺の近くに浮かんでいるところを助けたのが、亡くなった養父であった。


「まことに不可思議な話だが、合点がいったことがある。お前のこの世のものとは思えぬ体術だ」

武蔵たちは、旅の道中に何度か山賊に襲われていた。

もちろん賊に遅れを取るようなことはなかったが、その際に気になったのが織三おりぞうの体術——「身のこなし」であった。


小太刀を振るうのも難儀するほどに非力ではあったが、両手に苦無くないを持って神楽や祭囃子よりも遥かに速い拍子で回転し、敵の剣撃を巧みにさばいていた。


全国をあまねく武者修行した武蔵であっても、いささかも見聞したことのない身のこなしに兵法者としての興味は尽きなかったが、今まで深く追求せずにいた。

しかし、未来の体術というのであれば合点がいく。


「わたくしの時代の踊り——『ダンス』と申します」

「『だんす』?」

「その、外国……南蛮渡来の踊りのことでございます」


織三おりぞうは幼少の頃からダンスレッスンに明け暮れ、全国規模の大会でも優勝したことがあった。

いわゆる「天才キッズダンサー」である。

特に両手にペンライトを持って踊るスタイルを得意としていた。


この時代に突然飛ばされ途方に暮れていた時に、養父に自分の得意なことを活かすように勧められた。

最初は短棒から始めたが、狩猟や護身に活かせるようにと苦無くないへと変わっていった。


「武蔵さまから剣術の手解きを受けてまいりましたが、わたくしの才では継ぐことは……」

「構わぬ。お前は聡明で才気にあふれているゆえ、その道に進むが良いと考えておった」

武蔵は、九州小倉藩(現在の北九州市の辺り)の小笠原忠真おがさわらただざねから近習きんじゅうとして織三おりぞうを迎い入れたいという話を伝えた。


近習きんじゅう——主君の側に常に控え、身辺警護や相談相手となる、ボディガード兼執事のような極めて信頼が必要とされる重要な役職である。


実際、史実によると、5年後には20歳で家老職に就くほど有能であった。


織三おりぞうは、その心遣いに深く感銘を受け、どうしても伝えたいことがあった。

「武蔵さまは、わたくしのいた数百年後の時代では誰もが知る剣術家でした」

有名?、40歳を過ぎても士官が叶わず根無し草の牢人ある自分がそんな先の時代で有名?、と思わず苦笑する。


「子供でしたので詳しくないのですが、武蔵さまは『二刀流』と『兵法書』を残されています」

兵法書はともかく、「二刀流」については覚えがあった。

織三おりぞうの両手で苦無を操る体術から、武蔵の膂力りょりょくであれば右手に大刀、左手に小太刀を振るうことを密かに思い描くようになった。



「少し試してみるか」


——右手に大刀

——左手に小太刀


二刀で藁束わらたばを試し切りすると、2つの疾風によって粉々になって散った。

その威風堂々たる立ち姿は、まるで昔からそうであったかのように無為自然であった。


宮本武蔵の「二刀流」が生まれた瞬間である。




琥珀色の満月が夜空を染めている。

二人は小倉藩のとある宿屋の縁側に居た。


小笠原忠真おがさわらただざね様は立派な藩主の御方だ。明日からは近習として粗相の無いように務めるがよい」

武蔵の言葉に頷くとも俯くともいえない様子で、織三は士官前夜を迎えていた。



「武蔵さまが書かれる兵法書で思い出したことがございます」

織三は寝所の用意をしながら、ふと思い出したように言う。


いつもとは異なる色を含んだ瞳に、武蔵は少し居たたまれなさを感じながら、織三の言葉に耳を傾ける。

「たしか……オリンピックの」

「おりんぴっく?」

「あ、いえ、その……このような文様だったかと」

織三は、地面に5つの輪を書いてみせた。

「……なるほど、五大五輪か」


「五大五輪」——「地」「水」「火」「風」「空」で万物は構成されているという仏教の考えである。


「五輪……『五輪書ごりんのしょ』ということか」

「はい、たしかそのような書名だったかと」


武蔵が「五輪書」の執筆に入るのは、寛永二十年(一六四三)——六十歳であり、まだ先のことであるが、この時からその構想を練り始めたという。




織三は最後の秘密を明かすことにした。


「わたくし………………おのこではございません」


驚愕した武蔵が見たものは、胸に厚く巻いていたサラシを外し、美麗な双丘を露わにした艶やかな娘の姿であった。


「…………」

「直ぐに気付かれるであろうと思い言わずにおりましたが、2年も経ってしまいました。ほんとに武蔵さまったら……」

少し咎めるように微笑むさまは、まさに月下美人であった。


「今宵一夜限り、おなごとしておそばに……」

「織三……」

いみな(本当の名)は、『三織みおり』と申します」

「……良い名だ。だが、男としてはいささか」

「ええ……」

伊織いおりと名乗るがよい。明日からな……」


生涯不敗とされる宮本武蔵の唯一敗北は、この「布団の上の戦」であったと異聞では伝えられている。

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