第2話
「報告は終わり。必要があれば言ってください」
昏霜の視覚ログを共有していたので、説明は要点だけに留めた。
部長室から出て、エレベーターの前。あとは――
「そういえばお腹空いてない?」
「え?」
「ご飯、行く?」
「ああ……」
思えば昨日から、そして今朝会ったときもシドニーの様子がどこかおかしかった。だから――話を聞く必要があると思った。私は端末を取り出し、レストランの個室を予約した。作戦上のことが含まれるだろうと判断して。
シドニーと共に水銀重工の地下駐車場まで降りる。その間は無言。駐車場の中、私の車のところまで向かう。
「私の車、これ」
言った瞬間、シドニーの目が光った、ように見えた。
「モノコックフレームに自己修復コーティング……!」
唐突に語り出す。それは車のスペック?代体の部品じゃなくて?なんでそんなにテンション上がってるの?
「EMP対応のセーフガード付きってことは、電子戦でも動けるやつだろこれ。すげえ……」
セーフガード……BLAME!?
「最高速度280キロ、AIランクC2オーバー。水銀重工製じゃないってのもポイント高い。マジかよ……」
この早口、翻訳機が追いつけないスピードかも。
「これ、小型戦闘ドローンくらいなら撥ね飛ばせるぞ?」
それ嬉しいことなの?
「都市警備課の隊長でも、このクラスには乗れないぞ…………定価、多分1300万クレジットはくだらない。もしかしたら、2000万超えるかも……」
もう、ただ喋っているだけなのに、聞いてるだけで疲れてくる。
「へ、へえ。それ凄いの?」
「この凄さが分かってないのに、なんで“これ”にしたんだよ……」
「藤咲さんが、“これすごいよ”って。あと、色が綺麗だって」
「フジサキ……ああ、会社の?」
「うん。広報部の」
「広報部が軍用車両勧めてくるって、おかしくないか?」
「軍用って言ってなかった。ただ、すごいって」
「……じゃあ、この車の名前、言えるか?」
「……えっと……」
答えなし。沈黙が落ちる。
「IM-GRAY 4400/RX」
……それ、名前なの?代体のパーツの型番じゃなくて?
「………えっと、運転席、乗ってみる?」 「乗る!」
私は運転席側のドアを開き、シドニーに乗るよう促し、自身は助手席に回り込んだ。男の人って、どうして運転席に座りたがるんだろう。それとも、シドニーだけ?たぶん訊いたら、あの早口でロマンを語り出すに決まってる。どうせ自動運転なのに。
閑話休題。
私は端末を操作して、目的地を入力する。自動運転のシステムが静かに起動した。
「……ところで、これからどこに行くんだっけ?」
少しだけ声に疲労が滲んでる。やっぱり、昨日のことが響いてるんだと思う。無理もない。今や世界を騒がせている“首藤陽赫”と、いきなり遭遇してしまったのだから。
「ランチ。私の奢りだから」
「ランチ、ね。……もしかして和食か?」
「いや、ハンバーガー。アメリカ人でしょ、あんた」
「俺、UK圏出身だって言ったはずだが?」
「え?嘘?そんなの聞いてない……」
「言った。英語が通じる金髪が全員アメリカ人だと思うなよ」
「……だって、好きそうじゃん、バーガー」
「………否定は出来ない」
そのあとは、2人ともしばらく黙った。景色が車窓を流れていく。取り壊される予定のビル、広告とともに存在意義を剥がされた広告塔、再開発が止まったままの高架道路。自動運転の車輪が、定められたコースを進んでいく音だけが車内に響いていた。
「あと何分で着く?」
「5分くらい。……でも混んでたら、もっとかかるかも」
「昼時だと混むよな。他にも店はあるだろうに」
「人気店なんだよ。私は個室を予約したけど」
「個室……ハンバーガー屋に?」
「うん。戦闘任務の話もするだろうし、あと……」
視線を逸らす。
「……人多いところ、苦手」
「……それは、そうだな」
沈黙が、気まずいものではなくなる。
「そういえばさ、戦闘兵器として訓練してきたんだよな、センパイって」
「訓練というか、設計段階から……まあ、うん」 「そっか………その身体って、どれくらいカロリー消費すんの?」
「……多分、一般成人女性の2.5倍くらい?」
「つまり?」
「アメリカンサイズ3個は食べられる。ポテトとシェイク込みで」
「……考えらんねえ」 「なんで?」
「いや、想像が出来るか?俺より小さな体でそんなに……」
「体の大きさ、関係なくない?」
その時、自動運転の案内が静かに告げる。
《目的地まで、残り300メートルです》
「もうすぐ着くって。」
「ああ」
「あとAIが言ってた。胃袋、広げといてって」
「嘘つくな」
車はハンバーガー屋に併設された駐車場の空きスペースに滑り込んだ。
《目的地に到着しました。パチパチパチ》
「着いたよ」
私は先に降り、後部座席からトランクケースを引き寄せる。シドニーも外に出てきたが、私とトランクケースを交互に見ながら、ニヤニヤしている。
「……なに?」
「いや、個室でヘンシンでもすんのかなって」
「するわけない。これは外部に漏らしたらダメなもの。車の中に置いて、もしも盗まれたら大変。それが別の企業ならなおさら」
「たしかに……別の企業に渡ったら、えらいことになるな」
私はトランクケースを抱え直しながら、ふっと息を吐いた。
――問題は、それだけじゃない。 水銀重工の中にあることだって――
もし、昏霜が量産されればどうなるのか。あれを纏った軍隊が編成されれば、戦場は変わる。戦うことも、死ぬことも、当たり前のように消費される時代が来る。
そんな未来が、ふと脳裏をかすめた。
(……考えすぎだ)
思考を打ち消して、私は足早にシドニーを促した。
「えと、2名で個室を予約しました」
店内に入り、私は端末の画面を店員さんに見せた。店員さんは手に持ったスキャナーで私の端末を読み取り、「ピッ」と音が鳴る。
「はい、お待ちしておりました。では、お席までご案内しますね」
私とシドニーは無言でついていき、案内された個室へ。店員さんがドアを開けると、向かい合わせの席が現れる。
「こちらになります」
言われるがまま席に座り、店員さんは丁寧にドアを閉めて立ち去った。
「注文しよっか」
私はテーブル中央の端末を操作し、アメリカンバーガーをタップ。空中に、立体的なホログラムのハンバーガーがふわりと浮かぶ。
「センパイ、こんなにデカいのを3個も食べるの?」
「食べられるよ」
私はバーガー3つ、ポテト、シェイクをカートに入れた。
「次、どうぞ」
「あ、ああ……」
シドニーはバーガーを1つ、それにポテトとシェイクを。
「私より体大きいのにそれだけ?」
「俺がバーガー3個も食べたら、たぶん動けなくなる。……俺の家まで運んでくれるか?」
「運ぶけど、途中で降ろすかも」
「冗談きついぜ、センパイ……」
シドニーがそう言った瞬間、空気がふと変わった。
「冗談ついでに聞きたいことがあるんだが……」
さっきまでの軽口が嘘のように、真剣なトーンに切り替わる。
「本当に“変身”しないのか?」
「……えっ?え?」
意味が分からなかった。思考の裏側に、誰かがスプーンを投げ入れてきたみたいな衝撃が走る。
「し、しない……よ?」
「なんで?そのために個室とったんじゃないのか?任務の話もするって言ってたし」
私は目を瞬かせていた。昨日からずっと、シドニーの様子がどこかおかしかった。私は赫陽と遭遇した衝撃のせいだと思っていた。でも今、ようやく勘違いに気づく。
「もしかして、昨日から様子がおかしかったの、コレのせい?」
私は足元に置いていたトランクケースを、自身の顔の高さまで持ち上げる。
「そうだよそれの話がしたかった。それの名前は?俺にも支給されるのか?」 「えっと、赫陽は?」
一応聞いてみる。答えはなんとなく分かっている。
「あんまり興味ない。あの手のカリスマは散々見てきた。」
やっぱり。シドニーはそこで話を打ち切り、私が持つトランクケースを指差す。
「そんなことより、それの名前は?スペックは?俺にも支給されるのか?頼む教えてくれ。」
私は、トランクケースを元の位置に戻した。端末を取り出し、「昏霜」と入力し、文字を拡大した。そしてシドニーに端末を見せ、「昏」を指差し
「こん」
続いて「霜」を指差し
「そう」
兵装の読み方を教えた。
「コンソウ、ね。意味は?」
私は再び「昏」を指差し
「暗い」
続いて「霜」を指差し
「霜」
名前の意味を教えた。
「ダークフロスト…か。詩的な表現だが、センパイが考えたのか?」
羞恥で顔が熱くなるのが分かり、反射的に顔を下に向ける。
「私じゃない。名前の由来は重工兵器部に聞いて。私は知らない。」
少し間をおいて。
「多分だけど、私以外には支給されない…と思う」
ちょうどその時だった。個室の端末が控えめな電子音を鳴らす。
《ご注文の品をお持ちしました》
ドアが自動で開き、店員がワゴンを押して入ってくる。アメリカンサイズのバーガーが3つ、ポテト、シェイク、それにシドニーの分も並んでいる。
「失礼します。お食事をお楽しみください」
一礼して店員が出て行き、ドアが閉まる。私はトレイを引き寄せると、熱気と一緒に、胸の中の緊張がふっと緩んだ。
なんだ。そんなことだったんだ。
「心配して損した。」
小さく口にする。
「え?」
「なんでもない。」
バーガーにかぶり付く直前、シドニーが口を開く。
「コンソウって、あのサイズが収まってるって凄いな。展開の仕方とか材質とかどうなってんだ?重さは?冷却システムは?エネルギー源は?」
――やっぱり、そっちの話なんだ。
「詳しくないの。重工兵器部に聞いて。……まずは、食べよ?」
「……了解」
アメリカンサイズのバーガーは、そのままでは口に入らない。私はナイフとフォークを手に取り、静かに切り分ける。対面のシドニーは、何のためらいもなく、豪快にバーガーにかぶりついていた。
――そんなに開くんだ……
ちら、と横目で見て、すぐに視線を皿に戻す。正面の人の口の開き方なんて、今まで意識したことすらなかった。その事実が、今さらになって体温として滲み出てくる。
「……なに?」
「なにも。……文化の違い?」
「どういう意味?」
「……なんでもない」
再び、ナイフを入れる。バーガーの切断面が、少し潰れてしまった。それを見たシドニーが、口元にうっすら笑みを浮かべる。
「センパイ、お上品だな。……そうやって食べると、逆に潰れるって知ってた?」
「……私の口はそんなに大きくない」
切り返したつもりだったけど、自分でも少しだけ情けなく聞こえてしまった。
シドニーはポテトを1本つまみ、塩のついた指先を軽く舐めてから、ため息をついた。
「でも、飯食っても、帰るのはあの社員寮なんだよな……」
私は手を止め、顔を上げる。彼の表情は冗談のようでいて、どこか本気だった。
「寮、嫌なの?」
「壁は紙。風呂は渋滞。冷蔵庫の中身は勝手に減る。……まあ、慣れたけどな」
聞いてるだけでストレスが溜まりそうな環境だ。
「だったら引っ越せば?」
「給料が追いつけば、な。来月から少し上がるらしいけど、センパイのマンションとかは無理だな、たぶん」
私はポテトを一本取り、口に運びながら答えた。
「うち、3部屋あるけど?」
「……それ、遠回しに自慢?」
「事実の提示。あんたの給料なら借りられるんじゃない。来月からだけど」
「マジ?」
「マジ。明日オフでしょ。暇なら、どうぞ」
一拍置いて、彼は笑った。
「じゃあ、行く」
明日の待ち合わせ場所を2人で決め、バーガー屋でシドニーと別れた。会計は当初の宣言通り、私が済ませた。
Distortion: White Noise 反田種苗 @214182631514
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