【KAC20255】ダンス界で天下無双していた私、今は布団に寝そべっています。

こよい はるか @PLEC所属

君は私を変えてくれた。

『突如ダンス界に表れ世界大会で圧倒的優勝を飾ったのちに、流星の如く姿を消した姫野涼香さんが引退会見をしてから、約一年が経ちます』


 テレビからの機械音声のような無機質な声が耳に入り、首だけ画面に向ける。


『彼女は成人した年に大会に出場し、すぐ後の会見で引退の旨を伝えました。今でもあの教学を覚えている人も多いのではないでしょうか』


 画面に映るのは、私の仏頂面。

 ——姫野涼香とは、私のことだ。


 あの頃は踊ることが楽しかった。


 自分の高揚した気持ちを、自分の動きにのせて誰かに届けられることが、人と本音で話すことが苦手だった私にとってはとても嬉しかった。


 ただ、あの日。桜流しの中で、傘を差しながら君は言った。


「別に言葉で伝えてもいいんじゃない?」


 動くことは好きだった。大好きだった。

 でも同じくらい、人と話すことを諦めたくなかった。


 よくよく考えてみれば同じだ。言葉で伝えるか、動きで伝えるかの違い。


 その日、私は世界大会で踊り切り、引退を決意した。ダンスとの関わりを全て断ち切った。

 そして、君に憧れた。君は——たった一言で、世界のダンスの未来を変えてしまったのである。本当に君は、すごい人だ。


 君と新たな関係を、繋がりを築きたいとは思わない。これからも君を見ているだけで良い。遠目から眺めているだけで良い。それだけで自分が生きている意味ができる。

 ただ君がくれた気付きを、無駄にしたくなかっただけ。


 あの日から君は毎日、私に電話をかけてくれる。私の下手な話を辛抱強く聴いてくれる君には、感謝しかない。


 夕方、十七時。ぴったりにいつもかかってくる電話。

 以前はリビングで正座をして心臓が飛び出そうなほどドキドキして電話を待っていたけれど、今は布団の中でインターネットを見漁っている。


 ——今日も、電話が来た。


 君はいつも通り元気な声だ。

 この声で君は、私を変えてくれたんだね。


 君は知らないよね。


 今日が、君が私を変えてくれた日だってこと。

 この時間が、私を変えてくれた桜流しの時間だってこと。


 いいんだ、知らなくてもいいよ。

 これからも私はこのままでいいんだ。


 ——好きだよ、って言葉は今日もお預け。

 いつか言えれば。


 私は電話を切って、布団に潜った。

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