平凡すぎる私が異世界に行った結果!

陽澄すずめ

愛おしき平凡な日々

【前回のあらすじ】

 9日連続で夢に出てきた女神から、異世界を救うように語りかけられていた私。

 平凡な女子高生である私は、気にすることなく平凡な日常を送っていたが……


 ■


 いったいこれは、何度目の夢だろうか。

 いつからか私は、寝入るたびに見知らぬ世界の住人となっていた。


 私は女神から加護を与えられ、人々の平穏を苛む悪しき魔王の元へと赴いた。

 詳細は割愛するが、なんやかんやあって魔王はたおれた。

 私、また何かやっちゃいましたか。


 今や私は天下無双の二つ名をほしいままにしていた。

 誰もが私を勇者と崇め称える。過分な評価だ。

 私はただ、人々の平凡な日常を守ったに過ぎない。


 そんな折だ。私に武闘会の招待状が届いたのは。

 この国の姫君の輿入れが決まったらしい。その余興として執り行う催しなのだそうだ。

 久々に胸が躍る。国じゅうの強者どもが集まるに違いない。

 私は普段の鍛錬を倍に増やし、当日に臨んだのである。


 が。


「なんと……ぶとうかいはぶとうかいでも、ダンスの方の舞踏会だったか」


 盛大かつベタすぎる勘違いに気付いたのは、王城に到着した後だった。

 煌びやかな正装で集う高貴な人々を前に、この日のために気合いを入れて拵えた錦糸の武闘着を纏った私は、恐縮するばかりだ。

 ただ「さすが『天下無双の勇者』に相応しい衣装だ」と褒めてもらえたのは、不幸中の幸いだっただろう。


 さりとて、私にダンスの素養はない。

 何人かの貴公子が気を遣って声をかけてくれたが、私のような出立ちでは壁の花と呼ぶのも烏滸がましいだろう。


 人波を避け、バルコニーへ出た。

 そこに、彼女がいた。

 純白のドレスに身を包み、プラチナブロンドを美しく結い上げた乙女——この国の姫君その人だ。

 主役たる彼女が、なぜこんなところに。人を呼ぼうかと思って、やめた。可憐な横顔が、泣いているように見えたからだ。


 私はそれとなく彼女に歩み寄った。


「こんばんは、素敵な夜ですね」

「あなたは……勇者さま」


 白魚の指先が目尻を拭う。私はそれに気付かぬふりをする。


「夜風が気持ちいいですね。素晴らしい会ですが、私のような者にはどうにも肩が凝る」

「まぁ……」


 おどけてみせれば、花弁のような唇が綻んだ。


「勇者さま、わたくしのお願いを聞いてくださるかしら」

「何でしょう」


 翡翠石の瞳がまっすぐこちらへ向く。


「わたくしをここから連れ出して」


 そのひたむきな輝きに、私は一瞬息を呑んだ。


「何か心配事がおありとか」

「……決められた結婚なんて」


 そっと睫毛を伏せた彼女の姿は、まるで儚い白百合の蕾だ。


「隣国の王子は、凡庸な方だと伺いました。わたくし、もっと太陽のように燃え上がる恋をして、心から好いた方と結ばれることを夢見ていましたのに」


 見たところ姫君は、私よりいくつか年下らしい。このくらいの女子ならば、心ときめく恋物語に憧れるのも無理はないだろう。


 私は夜空を仰いだ。


「姫さま、今宵は月が綺麗ですね」

「……え?」

「穏やかで優しい光だ。あの月がなければ、夜の闇は底知れぬほど深く、我々は容易く道を見失うでしょう」

「ええ、そうね」

「隣国の王子は、月のような方だと聞いています。きっと穏やかで平凡な日常を照らしてくれるはずです。それは何よりも尊い」


 姫君は、じぃっとこちらに視線を注いでいる。

 私はニコ……!と不器用な笑みだけを返す。


「私が守った尊い日常です。それをあなたにも感じていただけたら嬉しい」

「あっ……」


 白い頬が、見る見る薔薇色に染まる。


「勇者さま……あなたが男の方だったら良かったのに」

「ふふ、ダンスの一つもできない粗忽者ですよ」

「そんな……」


 私を見つめる翡翠色が、いっそう蕩ける。


 バルコニーへ、侍女が駆けてきた。


「姫さま! こんなところにいらしたんですね。さあ、みなさんがお待ちかねですよ。どうぞ中へ」

「あっ、勇者さま……」


 名残を惜しむ彼女へ、私は丁寧にお辞儀した。


「あなたさまの平凡な日常をお祈りしています」


 白百合の花が、そっとわらった気がした。


 姫君が隣国へと嫁ぎ、それはそれは幸せに暮らしたと知るのは、もう少し後のことだ。



 ■



 目覚まし時計が鳴る。

 私は掛け布団を跳ね除ける。


「……夢か」


 今回はまた、やたらと長い夢だった。

 だが、悪くない夢だ。


 私は身を起こして全身の関節をバキボキ鳴らすと、身支度にかかった。

 いつも通りの制服に袖を通し、いつもの通学路を行く。

 今日も、平凡な1日が始まるに違いない。



—了—

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