モテない男とモテるサメ

惟風

“無い”ことがアイデンティティ

「おう、兄ちゃんもお仲間か。俺も先週“不運”ハードラック“踊”ダンスっちまって、このザマよ」


 灰色のヒレを気さくに振りながら彼は挨拶をしてくれた。鋭い牙が病室の照明を反射して白く光る。


 サメだ。

 負傷して入院している、ペイシェント患者・シャークだ。


「えっと……お互い災難でしたね」



 全裸で女性を追いかけ回しているところをトラックに撥ねられ、入院することになった。全身を包帯でぐるぐる巻きにされた僕にあてがわれた病室のベッドの隣で、傷だらけのサメが寝ていた。

 彼は背鰭が邪魔で仰向けになれないとのことでずっとこちらの方を向いていた。かけ布団から尾鰭がはみ出している。仕切りのカーテンを閉めていても気配だけで圧がすごいし何やら話しかけてくるので、諦めて開けておくことにした。

 サメも入院とかするんだ……と学びを得た。今後活かせる知識かどうかは定かでない。

 サメの存在自体にはそこまで驚かなかった。先週、全裸友達のSさんがサメの幽霊だか妖精だかに出くわしたと話していたからだ。目の前のサメは実体があるしフレンドリーだからまだマシかもしれない。

 娯楽の少ない入院生活、サメとはすぐに仲良くなった。入院するまでの経緯も打ち明けた。


「嫌がる女性追っかけ回すのは感心しねえな、服くらい着ろよ。人間社会が色々窮屈なのはわかるけどよお」


 ちょっと説教されてしまった。ずっと全裸で許されるサメの社会が少し羨ましいと思った。


「サメさんはどうして事故に遭ったんですか」


「ケイって呼んでくれ、俺の名前だ。いやあ、ロマンス詐欺がバレて待ち合わせ場所に相手が車で突っ込んできてな」


「不運じゃなくて順当な因果じゃないですか」


 常に全裸で暴力も容易いサメという生物でありながら、ケイ氏の方が自分よりよっぽど知能を必要とする行為をしていることに敗北感を覚えた。


「俺ぁ見た目も喋り方もこんなだからよ、最初は敬遠されやすい。でもそこで警戒心を解いてもらえたら、案外沼るわけだ。ちょっと詩的な感じで愛を囁いたり紳士的な一面を見せるだけで、寂しい女はイチコロなのよ。ギャップってやつ。でも今回は油断しちまったなー。Sametterサメッターの垢バレしたのが不味かった」


「メインユーザーの種族がわかりやすいSNS名ですね」


「Sametterでは“シャーク・K”つったら天下無双の知能犯アカウントとして有名なんだけど、聞いたことない?」


「初耳ですねー。サメじゃないので」


 知能犯として有名なのになんでこのサメ捕まってないんだろう。


「あ、イマドキの若者が見るSNSつったらTik Sharkティックシャークの方か。あっちじゃ俺まだ無名なんだよ」


「いえ、そちらも初耳です。サメじゃないので。あと僕、四十過ぎてます」


「Tik Sharkは“トリの降臨”つーインフルエンサーの独壇場なんだよな。やっぱ鳥類って顔がイケメンだもんな。ちょっと分が悪いわ。猛禽類の目力には正直嫉妬するぜ俺も」


「サメだけじゃなくて鳥類もSNS使うんですね」


 世の中は自分が思っているよりも多様性の“多様さ”が広がっているらしい。人類だけでもライバルだらけで埋もれているのに、他の生物まで参入してきてしまったら僕には一生恋人はできない気がしてきた。「ありのままの自分でぶつかろう」なんて綺麗事を言っている場合じゃないのかもしれない。

 思い悩む僕を、ケイ氏は胸鰭で力強く肩を叩いて励ましてくれた。退院日が半月延びた。


「兄ちゃんの持ち味活かして頑張んな!」




「……で、一念発起して『惑星地球化計画テラフォーミング』の一員になったんだ。そしてこの度、火星移住計画の研究主任として現地で生活することになった。一緒に来てほしい。僕と君で、火星のアダムとイブになろう」


「ギャップの大きさが凄すぎるなあ」


 彼は私の前で床に片膝をついて、小箱の蓋を開けて見せた。今の彼のイメージからは程遠い、気品のある素敵な指輪が現れた。

 それよりも。


「とりあえず、服着て」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モテない男とモテるサメ 惟風 @ifuw

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ