「天下無双」「ダンス」「布団」

草森ゆき

そんな終わり

 外の世界がとにかく嫌で布団をかぶり母親の呼び掛けを無視しひたすらに閉じ籠もっていたがその間に世界が終わりかけている。轟音を聞きたくなくて分厚いヘッドホンを装着しゲームを爆音でつけ、外の一切を遮断して「天下無双だワン!!」と大きく懐の深い声で叫びながら跳満ツモを決めるオンライン麻雀のキャラクターを眺め続けて一ヶ月ほど経ち、オンラインなので世界の終わりに合わせて段々と人が減っていき対戦が困難になってきた頃に私はやっと「そろそろ逃げようかな」と思いついた。家の中にはすでに両親も兄弟も残っておらず、むしろこの家が無事であることがなかなか奇跡で玄関扉の向こう側は瓦礫の山になっていた。近所のおじいちゃんの家は丹精込められた和風の庭ごと崩壊し跡形はもちろんおじいちゃんの気配は荒れ果て消え失せていた。

 世界って簡単に終わるので、私は呆然と歩くしかなかった。


 住居や市役所やショッピングセンターや、建築物を筆頭に人の手で作られているものはことごとく潰されていた。瓦礫はそのまま野晒しで、人の姿は進めど進めど見当たらない。私はスマホであちこちの写真を撮った。SNSは一応生きていて、写真を投稿するといいね!マークが申し訳程度に押してもらえた。いいね!が欲しいわけではないんだけど、とにかく孤独だったから何かしらの気配が欲しかった。建物が潰された辺りの景色はまるで知らない国と化しているので、どこに行けばいいかも分からなかった。

 瓦礫を撮り、投稿し、夜には適当な影に身を潜めた。途中で拾った布団代わりの寝袋は砂利でざらついていたがそれで眠った。かなり節約していたがスマホの充電は三日ほど経った頃に怪しくなって、そうすると孤独が一層増すので汗が噴き出すくらいに焦ったけれどもSNSの私の投稿につけられたとあるコメントと動画のおかげで一命を取り止めた。

『天下無双だワン!!』

 というコメントと、

『ショートコント、匿名オンライン麻雀あるある』

 という細かすぎて伝わらないネタが投稿されていた。

 

 動画に映っている人は一人で背後は瓦礫の山だったけれど、その人はそんなことはどうでもよいと言いたげにオンライン麻雀あるあるを話し続けていた。通信切れによる仕方のない遅延とわざと行われる嫌がらせ遅延のわずかな違いについて熱く語る様子にはつい笑ってしまった。私になら通じると思ってネタを送ってきたのだろうと思える熱弁だった。

 私はSNSのハンドルネームとオンライン麻雀のハンドルネームが同じなのだ。ついでにちょっと珍しい、ダンスダンス市原というアゲているハンドルネームにしていた。だからこのコメントをくれた人は私を知っている人だったのだろう。なにせダンスダンス市原は、スタンプ爆撃やわざとの遅延で対戦相手を煽り尽くしてミスを誘発しようとする悪質ユーザーだ。出禁レベルだったが、このような世界情勢になったため、運営が手を入れる余裕がなかったのである。

 動画にいいねをつけた。送ってくれてありがとう、ダンスダンス市原。というコメントもつけた。返事が来るかなとどきどきして待ったがその前にスマホの充電がなくなり、世界よりも一足先に終わってしまった。

 充電できそうな場所はどこにもない。360度ぐるりと見渡してみても建物はすべて破壊されていて、現在地も東西南北も一切が不明だ。

 でも一点だけ、本当に遠くの方にだけれど、何かが動いているように見える場所がある。何かがぐるぐると回っていて、まあたぶん建物を延々壊している物体だ。そんな気がする。ダンスするみたいにぐるぐると壊し回って、とりあえず地球を終わらせたいという意思しか感じ取れない動きである。


「天下無双だワン」

 ずっと使用していたキャラクターの台詞を口にする。その直後にお腹がぐうっと大きく鳴って、三日以上何も食べていないと気付く。スマホは死んだ。遠くの物体はたぶん敵。周りは無人で瓦礫だけが広がっている。

 私は持ち歩いている寝袋をなるべく平坦な位置に置いた。頭まですっぽり中に入ってから目を閉じた。強く強く閉じた。メンゼンタンヤオピンフドラドラ、麻雀の呪文を唱えながらそろそろオーラスだよなと思考を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「天下無双」「ダンス」「布団」 草森ゆき @kusakuitai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ