布団と戦う天下無双の転生勇者「え、戦いってダンスバトルじゃないの!?」
新井 穂世
布団と戦う天下無双の転生勇者「え、戦いってダンスバトルじゃないの!?」
西暦3XXX年。
世界は悪しき布団魔物に支配されていた。
布団魔物は人類を布団に閉じ込めて堕落させ、無気力をエネルギーに人類を支配していた。人々は抗えず、ただただ布団の中で眠るだけの存在へと堕ちていった。
そして、その頂点に立つのが"オフトゥン大魔王"であり、彼の支配はまもなく全世界を飲み込もうとしている。
しかし、人類の僅かなレジスタンスはこれに対抗すべく、異世界から天下無双と称される勇者を転生させようとしていた。
●
某所、レジスタンス拠点。
ここには辛うじて布団の魔力から逃れた"勤勉な"人類が集っていた。ここまでの戦いで布団の誘惑に抗えず、多くの仲間が散って行った。しかし彼らは最後の希望として、真面目な量子論からオカルト染みた疑似科学まで総動員して転生勇者の召喚を試みていた。
「まもなく、我々は悪しき布団に対抗する術を手に入れる……」
レジスタンスのリーダーが化学式と魔方陣が混じり合った混沌とする方陣を眺めている。そこに神降ろしと素粒子と愛の魔法で生成されたエネルギーが注入されていき、それは異界を繋ぐワームホールとなった。
ワームホールが生成されると、見守っていた科学者、巫女、メイド、カルト教祖たちがどよめく。そしてホールからひとりの男がバク転をしながら地面に着地する。その動きはまさに達人と呼べるものだった。
「おぉっと……着地成功! 急に会場が変わるとか聞いてねえぞ……」
着地した男は軽装の鎧ではあったが、勇者と言える見た目をしている。遂に、この手の魔物を討伐するのにもっと適した存在――転生勇者の召喚に成功したレジスタンスは歓喜してお互いに抱き合っていた。
「勇者様! どうか我らの世界をお助けください」
そう言ってカルト教祖が頭を床に打ち付けて懇願する。巫女は神に感謝する神楽を舞い、メイドは既に奉仕体勢だ。しかし、当の勇者はまだ困惑している。
「世界を助ける……? そんなの楽勝だな! 俺の天下無双のダンスに敵うダンサーなんか居やしねえよ」
状況を理解し始めた勇者はそれはもう見事にキレッキレなステップを刻んでいる。ここでレジスタンスのリーダーが何かおかしいと気付いたらしく、勇者の前に立つ。
「失礼ですが、あなたは勇者ですよね?」
「ああそうだ。俺こそ――ダンスを極めし天下無双の勇者ダンサー、サルターレ様よ!!」
勇者ダンサー――サルターレはその場で回転しながら高らかに名乗り上げる。直後、場は解散の空気が流れ始めたと同時に絶望に覆われて、レジスタンスのリーダーは地面に崩れ落ちた。
「神は消えた……!!」
「ダ……ダンサー……?」
「まともな勇者じゃない……だと!?」
科学者は天を仰ぎ、巫女は信仰心を失い、メイドは退職の構えを見せて、カルト教祖は邪神召喚の儀を始めようとした。
彼らは失敗したのだ。召喚陣の開発コードを禄にデバッグしなかった所為で、「天下無双の勇者」の定義が「超人的な動きが可能な者」とされていた事に。そして気付いた時にはもう後の祭りだった。
●
絶望に支配される拠点で、サルターレは暢気にダンスを決めている。レジスタンスは再度の召喚を試みようとするが、巫女が実はバイトで神降ろしはテキトーだった事と、メイドが愛の魔法を実行する為のケチャップが足りなかったので断念するしか無かった。
「事情は分かったけどよ。お前ら絶望しすぎじゃね?」
サルターレは相変わらずステップを刻みながら会話している。もはやレジスタンスは誰もサルターレに興味を示していない。いや、ただひとりを除いて。
「何か……策があるのですか?」
唯一希望を捨てなかった薄幸少女がサルターレに問いかける。サルターレに世界の事情を教えたのも彼女だ。
「布団魔物ってーのは無気力や動きたくないって気持ちにさせてくるんだろ? だったら、そう思わないで戦えば良い」
サルターレの言葉がまだ理解できないレジスタンスだが、一応話を聞いておこうと耳を傾ける。
「つまりだ。ダンスしてりゃあ眠くならねぇ。動き続ければそいつらも手が出せねぇ」
サルターレが華麗なブレイクダンスで説明している。そのダンスに興味は無かったが、彼の言葉にレジスタンスは目を見開く。そんな解決策があったことに今まで気付かなかったようで、メンバーたちの顔に少しずつ希望が芽生えだしてきた。
そして、それが有効かどうかを確かめるために実戦で検証を行うことにした。
●
サルターレが拠点の外に出ると、あちこちに布団にくるまっている人類の姿が目に入った。皆布団に飲まれ、無気力な顔で惰眠を貪っている。
「こりゃあひでぇ……」
流石のサルターレもドン引きだった。これが今の世界であり、人類が如何に布団に抗えないのかが、サルターレにも良く分かった。
「ここはまだマシですよ。向こうに行くとチュートリアルステージがありますから、そっちへ行きましょう」
同行する巫女が行き先を示してくれる。とりあえず神楽ができるからサポート役になれという理由で同行させられていた。
巫女の先導で道を進むと、少し開けた空き地が見えてくる。
「ここですね。地面の召喚陣に呼びかければ低級布団魔物が出てきます」
巫女が淡々とした口調で要点だけ説明してくれたので、サルターレもリズムに乗りながら理解できた。
「なんでこんな場所があるの?」
「以前に勇者を呼ぼうとしてこうなりました」
サルターレの珍しくまともな突っ込みにも巫女は淡々と返し、地面に向けて詠唱を始める。
「天におわし主なる父よ……その十の首を繋ぎ合わせ、世界を導き給え……えんがちょ!!」
よく分からない詠唱が唱えられると、地面から布団が出現した。人が居ないのにもぞもぞと動くので、これが布団魔物かとサルターレもすぐに理解できる。
「よし、早速バトルだ!!」
ノリノリのサルターレがバトルを宣言し、まずはフォークダンスで様子を見る。布団は人間に気付いて誘惑の魔法を放ってきた。
「う……低級でもこの魔力! 油断すればたちまち堕ちます」
巫女は大幣を構えて結界を張っているが、サルターレはヒップホップに切り替えて激しく動き出す。
「こんな程度か? そんなんじゃ俺のダンスは止まらないぜ」
魔力が全く通じてないかのような切れのいいダンスで挑発すると、布団は物理攻撃に切り替えて飛び掛かってきた。
「危ない!」
巫女が叫ぶが、サルターレはこれをムーンウォークで回避する。そしてバレエのような舞で剣を抜き、そのまま布団を斬り裂いた。布団は断末魔の悲鳴を上げてそのまま消滅する。
「いっちょ上がり!」
サルターレが天に指を掲げて勝利の決めポーズを取る。どう見たってふざけた戦いだが、非常に有効な事が証明されてしまった。
「あり得ない……もしかしたら、本当に……?」
巫女は最初、現実を受け入れられない顔をしていたが、やがて希望を見出したかのように微笑んだ。
「ようし、実戦で通用したならもう怖くないな。世界を救ってやるぜ!!」
この世界に、「転生勇者サルターレ」が誕生した瞬間だった。
●
これを機に、レジスタンスの反攻が始まった。
サルターレがレジスタンスにダンスを指導し、対抗手段を身に着けたレジスタンスは少しずつ反撃を始めた。初めは小さな村の奪回から始まり、後に布団に堕ちた人類を社交ダンスによって正気に戻せることが判明すると、レジスタンスはメンバーを増やして拡大していく。サルターレが前線で戦い、神楽を舞う巫女がサポートする。メイドは衛生兵に転職して戦場を支え、カルト教祖はプロパガンダで解放した人類をレジスタンスに勧誘する。そして科学者たちはより有効なダンス戦術を研究していった。
しかし、レジスタンスの拡大にオフトゥン大魔王も対抗して新型布団魔物を投入。安眠枕や超低反発マットでレジスタンスを窮地に陥れていくが、その都度勇者補正が掛ったサルターレが撃破していった。
「おらおら! そんな半端な攻撃じゃ俺は止まんねえぞ!!」
ストリートダンスとフラメンコの合わせ技で、サルターレは布団魔物の群れを吹き飛ばしていく。周りでも味方がダンスで布団魔物に対抗し、布団魔物の前線は崩れ出していた。
「ようし、このまま魔王の城に突っ込むぞ! フォーメーション変更!!」
サルターレの号令で、レジスタンスは一斉にワルツに切り替え、息の合ったステップで前線を突破した。
遂にオフトゥン大魔王の城が目前に迫ると、流石にサルターレも緊張の色を隠せない。
「ここが魔王の城か……決戦のダンスフロアには相応しいぜ!」
サルターレが気合を入れていると、城の城門が勝手に開いた。まるで誘っているかのように。
「お前らはここで魔物を食い止めろ。奴は俺ひとりで倒す!」
サルターレはまるで単独での決戦を望むかのように、単身で城へ突入していった。
●
城に入ったサルターレが玉座の間に入ると、そこには目的の人物がいた。
「くくく……お前が転生勇者サルターレか。この時を待っていたぞ」
そう言いながらオフトゥン大魔王は玉座から立ち上がる。身長3メートルはあろうその姿に、サルターレもやや圧倒してしまう。
「俺もだ。どんな魔王かと思って期待してたが、お前とは良いダンスができそうだな!」
サルターレはフォークダンスの構えを見せる。するとオフトゥン大魔王はそれに対抗するかのようにギャロップの構えを見せてきた。
「お前!? そのフォームはもしや……」
サルターレが今まで見せなかった激しい動揺を見せる。それを見たオフトゥン大魔王は愉快そうに笑った。
「覚えていたのか。そう、我はかつてお前と天下無双を賭けて戦った勇者だ! お前に敗れ、次元を彷徨い、そしてこの力を手に入れたのだ!!」
オフトゥン大魔王がかつての勇者の成れの果てだと知り、サルターレも狼狽える。しかしすぐにフォークダンスから日本舞踊の構えに切り替えた。
「お前の事は忘れてないさ! 天下無双を目指すあまり、邪悪なディアボルダンスに身を堕とした存在……ダーク・トランス!!」
サルターレの眼に闘志が漲ってきた。かつてのライバルが魔王に堕ちたことにショックを受けたが、次の瞬間にはこの魔王を打倒すると固く誓う。過去の因縁がここに来て二人を引き合わせた事に、サルターレは運命を感じた。
「行くぞダーク・トランス! 俺の天下無双のダンスで、お前の悪の心を粉砕してくれる!!」
サルターレのバトル開始宣言で、玉座の間は決戦のダンスフロアと化す。
サルターレはタップダンスで牽制し、オフトゥン大魔王はモンキーダンスで対抗。続けてジャイブとカポイエラを合わせた創作ダンスで連続攻撃を繰り出す。サルターレはこれを獅子舞で回避し、隙を見てソーラン節で反撃する。
お互いに手の内が分かっているかのようなダンスの応報に、互いに決定打を与える事ができない。気づけば4時間もダンスを繰り出していた。
お互い譲らない接戦だったが、今はオフトゥン大魔王が身に着けたフトーン魔力を取り込んだパラパラダンスにサルターレは防戦一方だ。
「クソ……眠気が……!!」
サルターレは眠気を飛ばしながら攻撃を避け続ける。しかしこのままでは敗北は時間の問題だった。
「サルターレ! 外の布団魔物は全滅したわ!!」
その時、玉座の間に巫女が飛び込んできた。その後ろには激戦を生き抜いたレジスタンスの軍勢が続いている。
「生意気な人間どもめ! 外に居るだけが全てだと思うなよ!!」
オフトゥン大魔王がそう叫ぶと、今まで伏兵として隠れていた布団魔物たちが天井から次々とラぺリングしてきた。突然の奇襲に巫女たちは驚くが、こんなこともあろうかと科学者たちが開発した最終兵器「H-ウィルス(ヒョウヒダニウィルス)混入グレネード」でそれらを瞬殺してしまった。
「お前ら流石に空気読めよ!?」
あっけなさ過ぎる展開にオフトゥン大魔王も真顔で突っ込んでしまった。しかし、それがサルターレに対し隙を作ってしまう。
「ダンスでよそ見するのは厳禁だぜ!」
サルターレは隙を逃さず、最大奥義の構えを見せる。
「喰らえ! 『
自身の名を戴く奥義が発動する。最初はワルツの優雅な動きから始まり、ブレイクダンスで加速、そのまま社交ダンスのリードで主導権を握り、そしてタップダンスのリズムで連続攻撃を繰り返す。
そのダンスに一切の隙は無く、オフトゥン大魔王は一方的に攻撃を受け続ける。
「バカな……二度もお前に敗れる……そんな事があってたまるか!!」
オフトゥン大魔王はまだ諦めずにフトーン魔力を行使しようとする。しかしサルターレにはもう通用しない。何故なら、彼の身体はダンスによって完全に覚醒したのだから。
「ダンスってのはな、人を眠らせるためにあるんじゃねぇ……!」
サルターレがバックスピンで剣を構える。最後の一撃を喰らわせようと、そのまま剣舞の構えで突進する。
「心を熱くするためのもんなんだよ!!」
その叫びと共に、サルターレの剣はオフトゥン大魔王を貫いた。
「ぎゃああああああああ!!!!」
壮絶な断末魔と共に、オフトゥン大魔王は消滅し、同時に世界中の布団魔物も消え去った。
世界は救われた。ダンスによって。
●
全てが終わり、勇者としての使命を終えたサルターレに別れの時が来た。
「もう行くの?」
巫女が去ろうとするサルターレに呼びかける。
「ああ、もうすぐ次のダンス大会だ。チャンピオンになって、天下無双のダンサーになるには、同じ場所に居ちゃいけないんだ」
サルターレはそう言うが、その口調は少し名残惜しさがあった。
「なら止めない。でも、天下無双になったら……戻ってきてくれる?」
巫女のお願いに、サルターレは返事をしない。しかし、その眼差しは約束すると訴えていた。
世界の住民はサルターレの出発に合わせ、各地で盆踊りをして鼓舞してくれた。サルターレもそれに感謝するように、天に向かって指を高らかに掲げて見せる。
――そしてサルターレは旅立った。新たな地で、その華麗なステップを刻むために。
-Fin-
布団と戦う天下無双の転生勇者「え、戦いってダンスバトルじゃないの!?」 新井 穂世 @alabas
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