妹は天下無双のダンサーを全力で応援したい

星名柚花

第1話

 夜の静けさの中、俺は布団の中でじっと目を閉じていた。


 ――駄目だ、どうしても眠れない。

 何度寝返りを打っても頭の中はざわついたままだ。

 寝ようと意識すればするほど、逆に目が覚めてしまう。


 明日はストリートダンス全国大会。

 俺にとって、これまでのすべてを賭けた舞台だ。


 だが、期待と興奮よりも不安が重くのしかかる。


 ――もし、失敗したら?

 ――もし、足がもつれて転んだら?

 ――もし、俺のダンスが誰の心にも響かなかったら?


 頭の中でネガティブな言葉がぐるぐると回る。

 目を閉じても、想像してしまうのは最悪の未来ばかりだった。


「……くそ、寝れねぇ」


 焦りを紛らわせようと、枕元のスマホを手に取る。

 SNSを開けば、同じ大会に出場するダンサーたちが練習動画や意気込みを投稿していた。


「絶対優勝する!」

「今年こそてっぺん獲る!」


 力強い言葉が画面に並び、それを見た途端、胃がきゅっと縮まった気がした。


「……俺、勝てるのか?」


 そう呟いた瞬間、ダメだと分かっていながら検索欄に『ダンス 失敗』と打ち込んでいた。

 出てきたのは、大舞台で転倒したダンサーの動画や、緊張で動けなくなった人のエピソードばかり。

 これは明日の俺の姿なんじゃ――


「……あー、もう!」


 スマホを放り投げ、勢いよく布団をかぶった。

 目を閉じるが、今度は明日の会場のイメージが鮮明に浮かんでくる。

 巨大なステージ、強烈なスポットライト、観客のざわめき。

 心臓がまたドクン、と鳴った。


 その時だった。


「……お兄ちゃん、起きてる?」


 静かなノックとともに、妹の美優の声が聞こえた。


「……起きてるけど、どうした?」


 ドアが少し開き、美優が顔をのぞかせる。


「明日、大会でしょ? 緊張して眠れてないんじゃないかと思って」

「……別に緊張なんかしてねーよ」


 強がってみせると、美優はにやっと笑った。


「そっか。天下無双のダンサーは緊張なんてしないか」

「……いつの話だよ」


 俺は苦笑する。子供の頃から「天下無双のダンサーになる!」なんて言って、無邪気に踊っていた。

 公園の広場、学校の体育館、家のリビング。どこでも俺のステージだった。


 あの頃は、ただ楽しくて踊っていた。誰かに評価されることも、優劣をつけられることもなく、純粋に踊ることだけを愛していた。


 だが、今は違う。


 全国大会のステージに立てば、そこには確実に「勝者」と「敗者」が生まれる。

 どんなに努力しても、誰かが勝ち、誰かが負ける。それが現実だ。


「……俺、本当に勝てるかな」


 思わず弱音を吐いてしまう。

 美優は俺をしばらく見つめた後、ふわりと笑った。


「お兄ちゃんさ、勝ち負けのことばっかり考えてるでしょ」

「……まぁ、そりゃな」

「でもね、本当にすごい人って、戦う前にしっかり休める人なんだよ」

「……休むのも実力ってか?」

「うん。怖がらなくていいよ。お兄ちゃんがこれまでずっと頑張ってきたこと、私が一番知ってるから」


 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。


 俺のダンスを一番近くで見てきたのは美優だ。

 子供の頃、家のリビングで踊る俺を見て笑っていたのも、失敗して落ち込んだ俺を励ましてくれたのも美優だった。


「勝ち負けは確かに大事かもしれないけどさ。お兄ちゃんが楽しく踊れたら、それが一番すごいんじゃない?」


 美優の優しい言葉が、胸の中の重たいものを少しずつ溶かしていく。

 思い浮かべるのは、観客の視線でも、失敗する恐怖でもない。


 ただ、踊ることの楽しさだけ。


「応援に行くからさ。天下無双のダンサーだって証明してみせてよ」

「おう」


 俺は天下無双のダンサーだ。

 だから明日は、最高のステップを踏むんだ。


(終)

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