カラスが綴る回想録 出張版

夢水 四季

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 兄が死ぬ夢。


 長閑な場所である。見渡せば一面に青い草が広がっていて、それが果てしなく続くように思われる。

「凛! 凛!」

 突然、自分を呼ぶ声が聞こえた。其方を向いてみると、自分とよく似た顔の子どもが手を振っている。

「兄さん!」

 そんな言葉が自然と口から出た。ああ、この子と自分は双子なのかと気付く。

 少し離れた所には自分の父と母がいた。そういえば、家族で旅行に来ていたのだったな、と今更ながらに思い出す。

「凛! 凛!」

 兄が自分を呼んでいる。自分に向かって手を振っている。きっと其方には何か面白いものがあるのだろう。

兄が背を向けて走り出す。自分も後を追いかける。

中々、追いつかない。すると、突然、兄の足が止まる。

兄は振り返ると、そのまま落ちていった。

笑顔で、落ちていった。

「兄さん!」

兄は深い深い谷底に落ちていったのだった。

自分が茫然と突っ立っていると、急に目の前が真っ暗になり、一瞬にして新たな風景に切り替わった。

じわりと気持ちの悪い汗が噴き出す。

季節は夏、場所は廃病院の屋上だった。

手摺の間から、恐る恐る下を見る。

 兄は死んでいた。

「……あ、……あ、……」

 声にならない声を出しながら、自分はただ戦慄していた。涙は出なかった。悲しくもなかった。ただ怖かった。

自分も、ここから落ちたら死ねるだろうか。楽になれるだろうか。

手摺を乗り越えた自分の身体は、そのまま宙に投げ出され、ゆっくりと落ちていった。

 

 落ちる感覚と共に目を覚ます。

 思えば、この夢は、どこかおかしい。

 間違っている。

 こんな長閑な場所に行ったことなんてないし、両親は僕達を旅行に連れていくはずがないのである。

 僕と兄は生まれてはいけなかった。

 両親から愛されていない僕達は生きるのも空虚だ。

 だから兄は死んでしまった。

 兄の死に、僕は一生囚われ続けるだろう。

 現実の世界で、僕はまだ死ぬ勇気がない。

 空虚に、無気力に、生きている。

 人間が分からなくて、偽物になって、生きている。

 偽りの仮面を付けて、生きている。

 人間に化けた化け物。

 人間失格。

 この仮面には自信を持っているのだが、過去に二回ほど見破られたことがある。

  一人は聡明そうな少年、もう一人は平凡なクラスメイト。

「何故、君は楽しくもないのに笑っているのかね?」

「あの人は心の底から笑ってないんだもん。笑顔が嘘っぽくて、なんか怖いの」

 僕にとって、それは恐ろしい言葉だった。

 今その言葉を言った人は、何処かに行ってしまった。

 恐らく、もう会うことはないだろう。


 いつかまた、僕の本性を見破る人が出て来るかもしれない。

 そうなったら、どうするだろうか。

 まだ分からない。


 そして僕はまた10回目の夢を見る。

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カラスが綴る回想録 出張版 夢水 四季 @shiki-yumemizu

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