第7話

第7章 「本当の声」プロジェクト

フォーラムから2週間が経った放課後、学校の図書室で僕たちは新聞の切り抜きを広げていた。

「すごいよね、まだ記事が出続けてる」と霧島が言った。

テーブルの上には様々な新聞や雑誌の切り抜きが並んでいる。「銀雪市『若者の声』改ざん問題」「作文改変で教育委員会事務局長更迭」「市民共生対話会議発足へ」など、見出しは様々だ。

「この2週間で市政が大きく変わったね」と美月は感慨深げに新聞記事を眺めながら言った。

フォーラムの翌日から怒涛の展開だった。まず、鷹野事務局長が「体調不良」を理由に職務を離れ、後日正式に異動となった。そして市長は記者会見で作文改変問題の第三者委員会設置を発表し、条例案を一旦白紙撤回した。

「お前の母さんの記事、一番詳しくてインパクトあるな」と霧島が僕の母の書いた記事を指さした。

「ああ、母さんは元々政治部記者だったからね。裏取りもしっかりしてる」

母の記事はフォーラムの裏側まで詳細に報じていた。作文の改変、議会資料への無断使用、そして「若者の声」を利用した共生社会実現条例の推進計画まで。さらには条例可決後に予定されていた「共生社会推進センター」の設立予算や人事計画まで暴露していた。

「でも一番驚いたのは、市民共生対話会議に僕たちも招かれたことだよ」と僕。

「それも『生徒代表』じゃなくて『委員』として」と美月が付け加えた。「それって私たちの声を本当に聞こうとしているってことだよね」

「俺も放送部として記録と情報発信を担当することになった」と霧島は少し誇らしげに言った。「これまでの『上から目線』の広報じゃなくて、市民の声をそのまま届ける報道をするって」

図書室のドアが開き、担任の佐々木先生が入ってきた。

「あ、やっぱりここにいたか」と佐々木先生。「雪村、星野、霧島。校長先生が呼んでるぞ」

「校長先生が?」と霧島が驚いた顔をした。「なんで?」

「さあ」と佐々木先生は肩をすくめた。「でも心配することはないだろう。むしろ良いニュースかもしれないぞ」

僕たちは不思議そうに顔を見合わせながら図書室を出た。

校長室に入ると、村上校長は珍しく穏やかな表情で僕たちを迎えた。普段は厳格なイメージの校長だが、今日は違っていた。

「君たち、座りなさい」と校長は言った。「今日は特別な来客がある」

その言葉に続いて、校長室の応接スペースから市長と、意外にも県知事が現れた。

「こんにちは、若者たち」と知事が微笑んだ。「また会えて嬉しいよ」

僕たちは驚きのあまり、しばらく言葉が出なかった。

「驚かせてごめんなさい」と市長が言った。「今日は正式なお願いがあって来たんです」

「お願い?」と美月が小さな声で繰り返した。

市長と知事は椅子に座り、僕たちも促されて向かいの椅子に座った。

「端的に言うと」と市長が切り出した。「『本当の声』プロジェクトを立ち上げたいんです」

「本当の声…プロジェクト?」と僕。

「ええ」と市長は頷いた。「共生社会実現条例は白紙に戻しましたが、共生社会そのものの実現は依然として重要な課題です。ただ、今回の件で明らかになったように、行政が一方的に進める方法では真の意味での共生は実現できません」

「それで」と知事が続けた。「若者を含む様々な立場の市民が、本音で語り合える場を作りたいと考えています。形だけの『若者参加』ではなく、実質的な対話と協働のプラットフォームとしてね」

「具体的には」と市長が説明を引き継いだ。「『本当の声』プロジェクトとして、地域ごとの対話集会、オンラインプラットフォーム、そして定期的な政策提言の場を設けます。そこに君たちにも中心メンバーとして参加してほしいんです」

僕たちは再び顔を見合わせた。まさか市と県が本気で僕たちを巻き込もうとしているとは。

「なぜ僕たちなんですか?」と僕は率直に尋ねた。「他にも若者はたくさんいますよね」

「それは簡単だよ」と知事は笑った。「君たちは既に『自分の言葉で語る』勇気を示してくれた。そして何より、批判だけでなく建設的な提案ができる若者だからだ」

「正直に言えば」と市長は少し恥ずかしそうに続けた。「行政側には若者と本音で話す経験が不足しています。君たちのような率直な若者の視点が必要なんです」

「それに」と知事が付け加えた。「このプロジェクトは銀雪市だけでなく、将来的には県全体に広げたいと考えています。多様な声を聞きながら共生社会を実現する新しいモデルケースにしたいんです」

僕たちは黙って話を聞いていたが、美月が静かに口を開いた。

「本当に私たちの声を聞くつもりですか?都合のいいことだけではなく」

「もちろん」と市長は真剣な表情で答えた。「だからこそ、批判を恐れず真実を語ってくれた君たちが必要なんだ」

「具体的に僕たちは何をするんですか?」と霧島が尋ねた。

「まずは、『本当の声』編集委員会のメンバーになってほしい」と市長。「そして、学校や地域で若者の声を集める活動をしてほしいんです。形式的なアンケートではなく、本音の対話を通じてね」

「霧島君には」と知事が言った。「放送部としての技術を活かして、プロジェクトの記録や発信を担当してもらいたい。行政の言葉ではなく、市民の言葉で伝えるメディアが必要なんだ」

「そして星野さんには」と市長が美月に向かって言った。「生徒会の経験を活かして、学校と行政の橋渡し役になってほしい。学校内での対話の場づくりも含めてね」

「雪村君には」と知事が僕に向き直った。「君の言葉への感覚を活かして、プロジェクトの理念や方針の文章化を手伝ってほしい。『言葉の定義を独占しない』という視点は、このプロジェクトの核心だと思うんだ」

僕たちは言葉に詰まった。彼らは本気で僕たちを巻き込もうとしているようだ。

「少し考える時間をいただけますか?」と美月が丁寧に言った。

「もちろん」と市長は頷いた。「急かすつもりはありません。じっくり考えてください」

「ただ、一つだけ言わせてほしい」と知事が立ち上がった。「君たちが教えてくれたんだ。『共生社会』というのは、上から与えられるものではなく、様々な立場の人が対等に対話を重ねることで生まれるものだということをね」

市長も立ち上がり、僕たちに名刺を渡した。

「連絡をお待ちしています」と彼は言った。「そして、もし断るとしても、それも君たち自身の言葉で教えてほしい」

二人が去った後、校長先生は驚いたように言った。

「すごいな、君たち。市長と知事が直々に来るとは」

「校長先生は知っていたんですか?」と霧島が尋ねた。

「いや、今日初めて聞いたよ」と校長は首を振った。「ただ、君たちのフォーラムでの行動については耳にしていた。正直、最初は心配したが…」

校長は少し言葉を選ぶように間を置いた。

「君たちが単なる『反抗』ではなく、建設的な提案をしたと聞いて安心したよ。学校としても、このプロジェクトには協力したいと思う」

僕たちは校長室を出て、静かな廊下を歩いた。

「まさか、こんな展開になるとは」と霧島が呟いた。

「うん」と美月も言った。「本気で僕たちの意見を求めてくれてるみたい」

「どうする?」と僕は二人に尋ねた。「参加する?」

「俺は参加したい」と霧島はすぐに答えた。「チャンスだと思う。本物の『若者の声』を伝えるメディアを作れるかもしれない」

「私も」と美月は静かに、しかし確信を持った声で言った。「共生社会は本当に大切だと思うから。それを正しい方法で実現したい」

「じゃあ、僕も参加するよ」と僕は言った。「言葉の力を信じてるから。その力を正しく使う場所に立ち会いたい」

三人は屋上に上がり、夕暮れの街を見下ろした。銀雪市の街並みが夕日に染まり、美しく輝いていた。

「翔」と美月が言った。「あの日、あなたが作文コンテストの『手引き』に違和感を持たなかったら、今頃どうなってたと思う?」

「わからないけど」と僕は少し考えてから答えた。「たぶん、当時の鷹野たちの計画通りに進んでいたんじゃないかな。僕たちは『良い子』として、彼らの言葉を『自分の言葉』だと思い込まされていたかも」

「考えると怖いよな」と霧島が言った。「言葉って、そんなに簡単に操作されるものなのかって」

「だからこそ」と僕は空を見上げた。「自分の言葉を大切にしなきゃ。そして他の人の言葉にも耳を傾けないと」

「これから大変だと思う」と美月が言った。「『本当の声』プロジェクトも、きっと簡単には進まないよ。様々な立場の人の声を聞くのは、時間もかかるし、対立も生まれるだろうし」

「それでも」と僕は微笑んだ。「それこそが本当の共生社会への道じゃないかな。一つの『正解』を押し付けるんじゃなくて、違いを認めながら対話を続けること」

「そうだな」と霧島も頷いた。「急がば回れってやつだ」

数日後、僕たちは正式に「本当の声プロジェクト」への参加を伝えた。そして早速、活動が始まった。

最初の対話集会は学校の体育館で開催された。テーマは「若者にとっての共生社会」。様々な学校から100人以上の生徒が集まり、小グループに分かれて話し合った。

「理想の共生社会って、何だと思う?」

「違いを認め合うって、具体的にはどういうこと?」

「学校で感じる生きづらさって、どんなこと?」

グループディスカッションの後、全体で共有する時間もあった。様々な意見が飛び交い、時に対立することもあったが、それも含めて貴重な対話の場となった。

霧島は各グループの様子をビデオに収め、美月は全体の進行役を務めた。僕は出てきた意見をその場でまとめる役割だった。

対話集会の終わりに、市長が挨拶をした。

「今日の皆さんの声を聞いて、改めて感じました。共生社会とは、一つの『正解』があるものではなく、対話を通じて常に作り続けていくものなのだと」

その言葉に、参加者から温かい拍手が起こった。

対話集会の後、僕たちは学校の屋上で振り返りをしていた。

「疲れたけど、充実してた」と美月は満足そうに言った。

「ああ」と僕も頷いた。「みんな本音で話してくれたよね」

「あのさ」と霧島が言った。「この活動、名前変えない?」

「名前?」と美月。

「『本当の声プロジェクト』じゃなくて」と霧島は空を見上げながら言った。「『私たちの言葉で語ります』の方がしっくりくると思うんだ」

僕と美月は顔を見合わせて笑った。

「それ、いいかも」と僕は言った。「『あなたの声で語らせます』じゃなくて、『私たちの言葉で語ります』」

「市長と知事に提案してみよう」と美月も賛成した。

それから数か月、活動は徐々に広がっていった。銀雪市内の学校での対話集会、地域ごとの市民フォーラム、オンラインでの意見交換など、様々な形で「本当の声」を集める取り組みが続いた。

そして半年後、ついに新たな「共生社会基本方針」が策定された。それは、トップダウンの条例ではなく、市民との対話から生まれた共通理解だった。

方針の表紙には「私たちの言葉で語ります —共に創る銀雪市の未来—」というタイトルが掲げられていた。

ある日の放課後、僕は校庭のベンチで作文を書いていた。これは、「私たちの言葉で語ります」プロジェクトでの経験をまとめた小説だ。

美月が近づいてきて、隣に座った。

「何を書いてるの?」と彼女は尋ねた。

「この半年の出来事を小説にしてみてるんだ」と僕は答えた。「言葉が人をどう動かすか、そして本当の対話が社会をどう変えるか…そんな話」

「タイトルは?」と美月。

「『あなたの声で語らせます』」と僕は微笑んだ。「皮肉を込めてね」

「素敵なタイトル」と美月は言った。「完成したら、読ませてね」

「もちろん」と僕は頷いた。「これは僕たち三人の物語だから」

そこへ霧島も合流した。

「おい、二人とも。次の対話集会の企画会議が始まるぞ」

「もう時間?」と美月は腕時計を見た。「行こう」

僕はノートを閉じ、立ち上がった。窓からは教育委員会の建物が見える。今は新しい事務局長のもと、かつてとは違う雰囲気になっているという。

「あれから変わったことと、変わらないことがあるよね」と僕は言った。「変わったのは、行政の在り方やプロジェクトの形。変わらないのは…」

「私たちが自分の言葉で語り続けること」と美月が言葉を継いだ。

「そして、その言葉が誰かに届くと信じ続けること」と霧島も加えた。

三人は並んで歩きながら、これからの対話について語り合った。それは終わりのない旅の始まりだった。言葉を通じて人と人がつながり、理解し合う——そんな共生社会への長い、しかし希望に満ちた道のりの第一歩だった。

(おわり)

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