【KAC20254】夢の中の少女
和泉歌夜(いづみかや)
本編
あの夢を見たのは、これで9回目だった。見知らぬ大地に咲く一輪の花。その前に佇んでいるのは可憐な乙女。彼女はその花を摘んで髪飾りに使うと、ニッコリと微笑んで去っていく。
そして、フェードアウトからの起床。僕はあまりにも幻想的な夢にしばらくの間、動けないでいた。
(一体何の夢なのだろう)
あれこれと考えるが、忙しない朝や勉強、友達と遊んでいるうちに忘れていく。
そして、また十回目の夢を見るのだ。
※
「先生、息子の様態は?」
母親が細い声で私に尋ねた。彼女の手はベッドで横たわる小学三年生の少年の小さい手を優しく握りしめていた。
「まだ何とも……ただ脳が動いているので意識が回復する可能性はあります」
「可能性、可能性って……何回目ですか。はっきり言ってください。息子はいつ目覚めるんですか?」
「ですから、はっきりとはしないんです。明日なのか三日先か、はたまた一週間後か……」
説明する度に母親の瞳から光が失われているような気がした。救急で駆けつけた時はふっくらしていた頬も今はへこんでしまい、ロクに寝てないのかクマが酷かった。下手したら点滴になってしまうような状態だった。
私は日に日にやつれて行く母親に胸が痛むが、どうにもならなかった。
「最善は尽くします」
「……」
母親はもう返す気力も残っていないのか、視線を再び息子に移した。少年は相変わらず穏やかに微笑んでいる。まるで楽しい夢を見ているかのようだった。
すると、ドアがスライドされ、看護師が顔を出した。
「先生、彼に面談をしたいという方が」
「例の同級生か?」
「はい」
私は時計を見た。もう学校が終わる時間になってしまったのか。
私が通すように言うと、すぐに少女が病室に入ってきた。長い髪でワンピースを着た女の子だった。手には一輪の花を持っていた。
「ナミちゃん」
母が少女に気づくと、久しぶりに見た笑顔で立ち上がった。息子に「ほら、仲良しのナミちゃんが来たよ」と声をかけが少年は無反応だった。
ナミという女の子はそっと近づいた。
「サトルくん、元気になって。待ってるから」
まるで旅の帰りを待つ恋人みたいな言い方で花を彼の胸の部分に置くと天使のような笑みを浮かべた。
「では、失礼します」
「うん。ナミちゃん、いつもありがとうね」
母親は少女にお礼を言うと、彼女は翼を羽ばたかせるように病室を出た。
少女がいなくなると母親は途端に力が抜け、ボゥと亡霊みたいに虚ろな眼差しで彼女が置いた花を見た。
すると、その花が急に枯れてしまった。私が驚きの声を上げるが母親は気づいていなかった。
枯れた花びらが少年の身体の上に乗っていた。全部で十枚あった。
その時、少年の目が開いたのだ。
【KAC20254】夢の中の少女 和泉歌夜(いづみかや) @mayonakanouta
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