レモンケーキに涙を添えて

藍無

第1話 魔が身近にひそむ日

「見て!」

 そう言って、両手を広げた。

 目の前には満天の星空が広がっている。

 来年は見ることができないと思っていた星空が、今、目の前にある。君がいたら、レモンケーキのおまじないのおかげだとか、君は笑って言うのだろうか。

 たくさんの星々の中に君は、きっといるのだろう。

              *

「なあ、これ知ってるか?」

そう言って、目の前の席の水色と白の混じった髪の人…ヒュウラは僕にその写真を見せた。その写真を見ると、笑っている十歳ほどの少女がうつっていた。

「だれ?」

「知らないのかよ。結構有名だぞ?」

「知らない」

「この子、術式食しなかった子なんだって」

「まじで?」

術式食って、たしか毎年食べるやつだよね?

なんか、食べないとあやかしに食われるから絶対に強制で食べさせられるやつ。

でも、あれ食わないやつなんているんだ。

「じゃあもしかして…」

「うん、食われたらしい。つい、この間のニュースで言ってた」

「術式食してないのに十歳くらいまで生きられたのか?」

「そこが疑問なんだよなあ。親が食べさせないわけないし、あれって無料のやつだし。一部では、『鬼』だったんじゃないかって話もある」

鬼が共食いするなんてことはよくある話だ。

「…確かに、なあ」

術式食をしないで十歳くらいまで生きられるなんてありえない。術式食をしなかった子供が今までに一人もいなかったわけではないが、そういう子供は必ず三日以内に死んでいった。それが、十歳になるまで生きながらえるなんてことはまず無理だ。

「でも、本当にそんな鬼なんて生き物いるのか?」

一応、疑うような様子で僕はそう聞いた。

「さあな? それは俺も見たことないから知らねえ」

そう言うと、ヒュウラは前を向いた。

バレて、ないよな?

うん、たぶん普通の反応だったはずだからバレてないな。

僕には、誰にも言えない秘密が一つだけあった。

それは、僕が…

「なあ、次の授業なんだっけ?」

ヒュウラは振り返って僕にそう聞いた。

「確か…数学」

「だる」

少しだるそうにヒュウラはあくびした。嫌味だろうか?

「一番得意なくせに」

「まあねっ!」

少し自慢げにヒュウラはそう言って、前を向いた。

まったく、僕の自己紹介を邪魔しないでほしい。

僕の誰にも言えない秘密、それは…鬼であることだ。


ヒュンッ、と音をたてて鋭い針が5本一気に飛んできた。

それも、先ほどまで僕の首があった場所に命中している。まあ、避けたけど。


「本当にさ~、勘弁してほしいよ。勝手に人の心を読むだなんて」

ぷらいど、ってもんがないのか、と聞きたくなる。

「貴様が鬼だったとは、思いもしなかったよ」

少し低い声で桃色の髪に冷淡な色を宿した青い瞳の少女…百瀬ももせが、針をどこからともなく取り出すと、そう言った。

「カンチガイダヨ~! って言っても信じないだろうな」

「当たり前だ。俺の術は絶対だ」

「まったく、女の子なのに俺なんて言っちゃ、お行儀悪いよ」

「今はじぇんだー平等だぞ。時代遅れな考え方はやめろ、鬼が」

そう言って、百瀬が僕をにらみつけた。相変わらず猫のようなにらみ方だ。

「ははっ、発音悪いなあ。じぇんだーじゃなくてジェンダーね」

「だまれ」

そう言うと、百瀬は一気に三本ほど針を投げた。

「あたってないよ?」

「貴様に向けてやったのではない」

そう百瀬が言うと、一瞬にして『結界』がられた。なるほど、まわりに被害をあたえないようにするために、一時的に結界を張ったのか。

「なるほど~。百瀬は優しいんだな~?」

ニマニマと挑発するように僕は笑ってそう言った。

「だまれ」

「だまれしか言えないの? そうやって周りの声をふさいでいると大切なことも聞き逃しちゃうよ?」

「…余計なお世話だ」

そう言って、百瀬は十本ほどの針を僕の方に一気に投げつけた。僕はすべての針を手でつかむ。

「ごめんね、僕にこの攻撃は聞かないみたい~」

「なぜ謝った?」

「君の心を傷つけちゃったから」

「この程度で傷つくとでも?」

百瀬は強がってそう言ったが、どう見ても今まで十数年極めてきた術が通用していないことに傷ついているようにしか見えなかった。

「僕は少なくとも、君より長生きしてるからな~仕方ないっていうか」

正直言って、百瀬の技は今までに何度も見たことがある。よく言えば王道の、悪く言えば大体の人が使っている平凡な技なのだ。

「僕は一度『視た』技は避けられちゃうんだ」

にっこりと笑って僕は百瀬にそう言った。チッ、と百瀬が舌打ちした。紙がひらり、とこちらにとんでくる。

すると次の瞬間、僕は『おり』の中に閉じ込められていた。

「あらま~、丁寧な『式』だなあ」

飛んできた紙にはびっしりと丁寧な文字で式が書いてある。どうやら、その式によって僕は檻の中に一瞬で閉じ込められたらしい。

僕は、檻の壁のような部分を、ピンッと指ではじいた。

すると、一瞬にして式は消えた。

ジュウゥ、と音をたてて式の書いてある紙が焦げて消えていく。

「馬鹿、な」

「ごめんね~、これも仕事だからさ」

僕は笑ってそう言うと、背から生えてきた『手』でギュウゥ、と百瀬の首を絞める。

「ぅ、あ、ァ」

苦しそうな表情で、百瀬は抵抗しようとする。

「あははっ」

思わず笑いがこぼれる。

「ヤメロ」

『呪い』が『手』をつかんで、僕にそう言った。

「なんでよ?」

「コのムスメ、クイタクナイ」

「めずらしいなあ、『呪い』がこの俺様に、好みを言うなんて」

そう言って、俺はそう言って、百瀬を無理やり『呪い』の中に押し込んだ。

「グガッ、ヤメッ、ロ」

苦しそうに『呪い』は抵抗する。

「ごめんね~、君には食べて強くなってもらわないと困るんだ~」

これも仕事のうちなんだよね。

「ウ、ァ」

「いい子、いい子」

そう言って俺は『呪い』の頭を撫でた。

「仕事は、終わったか…?」

低く、聞きなれた声が背後からしたので、俺は振り返る。

「ああ、ソラ。終わったよ。今回も俺の勝ちだ」

背後には、青い髪に深い海のように青い瞳の青年…ソラがいた。

「口調」

指摘されるまで気が付かなかった。どうやら今まで俺と言っていたらしい。

「ぼく、僕の勝ち…」

「当たり前だ。帰るぞ」

「うん…」

僕は、『呪い』を回収してソラの後についていった。




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