phrase3─curtain─
「なんだァ? これェ……」
衝撃を、受けた。
最初に気付いたのは、SNSに投稿されたファンアートだった。最初のうちは俺が描いたアイコンやモデルで使用している外見に基づいた、誰が見ても健全な範囲のイラストばかりだった。
何でもそうだが、人気が出ると健全とはいえない二次創作が増えてくる。その中にミサも入ったのだと思うことにして、目に入ったやたらと過激なポーズをとるミサのイラストに、最初は目を瞑った。
だが、事態はあっという間に進んだ。
イラストは画像1枚に収まる程度の数コマ漫画へ、数コマの漫画は分割ものの漫画へと変わった。それ自体は問題ではないが、そのうち新しく投稿される大半が過激な、下手すればミサのイメージそのものに関わるものになっていた。
もちろん、神愛ミサOfficialとして注意喚起はした。イメージを損なう投稿が見受けられる──昨今の炎上の怖さを思うあまりそんな言い方しかできなかったが、それでも少しは減っただろうか。
ミサは健気に笑う。
健気に踊り、歌い、現実に存在しないからこそ不滅のアイドルとして邁進し続ける。
動画投稿サイトを見れば、余所の人間が作成した、神愛ミサが扇情的な衣装で踊っている動画がある。イラスト投稿サイトを見れば、最初に見つけたものより過激な──言葉を選ばずにいえば胸糞の悪い絵や漫画が数多くある。
ミサが歌い、踊り、アイドルとして輝く陰で、闇を煮詰めたような物がいくつも作られ、挙げ句の果てにSNSや動画チャンネルのコメント欄にリンクを貼り付けられる。
当人たちは“軽いちょっかい”をかけているつもりだろうが、受けている当人はただ不快だし、恐怖すら感じる。もし美紗が見たらと感じながら対処していたとき。
【朗報】小学生設定の架空アイドル、マジでJSっぽい件www
「……は?」
匿名掲示板のスレッド。
そこには神愛ミサの正体を探ろうとする書き込みが纏められていた。投稿内容やら口調から推察しようとしているらしく、もちろんまるで見当違いの説ばかりだ。そこで見るのをやめればよかったのに。
> この子わりと合致する
見つけてしまった。
どこでどう流出したかわからない、美紗の写真やクラス文集の記述。写真は、美紗の最期の遠足か。ご丁寧に黒目線を入れた写真は、それでも美紗だとわかるもので。
> ロリきちゃ
> かわええ
> ●●の絵送ったろ 教育や
> 自分の絵見ながらの方が身に付くわwww
醜いやつらだ。
俺の娘を何だと思っている。
知らず、拳を握る。
> リアルJSかwww 凸してーわwww
> 凸実況はよ
> 特定班まだか
> セッwww
美紗の言動を忠実に真似たのが仇になったのか。ここまで美紗が特定されてしまうのか。信じられない思いだった。
次第に、美紗の人間像が歪められていく。そこには扇情的な二次創作が影響を及ぼしているのも窺えた。
> これ本人かね
> モーションキャプチャてやつ?
> ドエッッ
> エッッッド
やめろそれは違うやつだ。そもそもミサだって美紗本人の動きではなくMMDモデルだ、やめろ、美紗を何だと思っているんだ、やめろ!!
そのスレッドがきっかけではないのだろう、しかし、俺が気付くきっかけではあった。
気付けば『神愛ミサ』という実体のないアイドルは、ネットユーザーが世間に出せない劣情をぶつける
> 公式地味
> そもそもこのOfficial誰なん
> リアルJSらしいし親か
> 娘を売る親キッツwww
動画のコメント欄も、こうしたものが大半を占め始めた。再生数も、新しい動画を配信した日でさえ神愛ミサの声やモデルを使用した別人の「歌わせてみた」「踊らせてみた」動画を下回るようになってきた。
「やめろ……」
ミサは、美紗だ。
俺の娘だ。
お前らのおもちゃじゃない……
> 神愛ミサってあの(成人向けの同人ゲーム)の子じゃん パクリ?
そんなコメントさえ目にした。前ならこんなのには何人かが反論していたが(コメント欄の荒れに繋がるからそれも困ったが)、今は同調するコメントばかりだ。
> 実質あっちが本家
> こっちが勝手に公式名乗ってるだけよ
> さすがにあっちが本物
>こっちはつまらん注意喚起してイメ損してる方
「何だ、これ……」
もう訳がわからない。
ただ、美紗が叶えられなかった夢を実現しようと思っただけだった。どうせなら完璧に、本当に美紗自身がアイドルとして活躍できているように──その一心で努力し続けた。
そうやって『アイドル』になった『娘』が、無惨に消費される姿を見せられるのは辛かった。もう、目を背けることも難しくて。
動画のコメント欄を閉鎖しても、今度はSNSが荒れ始めて。もはや神愛ミサはボロボロだった。
「美紗、パパはどうすればいいんだ……」
ほんとのこと、言お?
ふと、声が聞こえた。
美紗が死んだ日から塞いでいた、ふたりの寝室。壁材とセメントで塞いだ向こうから、聞こえた気がした。
「そんなことしたら、ミサは終わる。美紗の夢だって……」
でも、そうか。
どのみち、終わってるのか。
「そうだな、美紗。もういいのかも知れないな」
そうだよ。
美紗の声が、壁から聞こえる。
聞こえる、聞こえる。
ああ、そうだな。
* * * * * * *
数多くの二次創作が作られ、欲望の捌け口になった架空のアイドル・神愛ミサ。しかしミサは、突如として世間から消える。
理由は不明だが、神愛ミサをモチーフにした作品を作っていた数名が口にしたとされる、ある種都市伝説のような噂話曰く。
ある日を境に、ミサが同じことしか言わなくなったという。
『みさは パパに ころされた』
違う歌詞や台詞を入力しても、全部変わってしまう、と。
真偽を確かめようとした者が既に特定されていた
今や神愛ミサの名は、オカルト動画で取り上げられるのみ。
父親である
MISA《偶像》 遊月奈喩多 @vAN1-SHing
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