あの日の記憶(KAC2025参加作品)

伊南

第1話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 赤く光る大きな月。

 その光を身に受けながら、神社に続く長い長い階段を一人の少年が上って行く。


 ──待って、駄目。


 静止の呼びかけは少年には届かない。

 ゆっくりと、でも確かな足取りで少年は階段を上る。


 ──駄目、止まって。行かないで。


 いくら叫んでも彼女の声は届かない。

 ……彼女がいるのは違う時間軸。

 今見ている光景は夢であり、過去の出来事。未来から過去へ言葉は届かない。


 そうしているうちに少年は階段を上りきり、赤黒い鳥居を何も言わずに一度見上げて。そして、深呼吸をしてから鳥居へ足を踏み出した。


 ──待って、待って!


 夢の中で、声にならない声が響く。

 ……少年が鳥居を潜り抜けようとした時、ぐにゃりと空気が揺らいで歪む。


 ──お兄ちゃん!!


 彼女の叫び声に合わせて、少年の姿は歪んだ空気に取り込まれるように消えた。


 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「…………」

 ふっと戻った意識にカンナは目を開く。……また、夢を見ていた。

 夢渡りの妖精の力を使って見た、あの日の出来事。今では妖精の力を使わずとも何度も見る夢。

 あの日、それを知っていたら。

 あの日、兄を止めていれば。

 ……今でも兄は、この家にいただろう。


 今更悔やんでも仕方のない事をため息と一緒に吐き出して。カンナはベッドから降りてカーテンを開ける。窓の外は雲ひとつない青空──……とはまではいかないが、澄み渡る高い空が広がっていた。それをぼんやり眺めていたカンナの頭の中に声が響く。

 

 ──またあの夢を見ていたようだの、カンナ。

「…………」

 カンナは何も言わず。空を見ながらため息をついた後で口を開いた。

「覗き見しないでくれる、キライ。プライバシーの侵害」

 ──はて、外来語で言われても判らんなぁ。

「………………」

 ニヤニヤと笑っている顔が脳裏に浮かび、すぐに言い返そうとしたカンナだったが──……プライバシーの言い換えが判らず、スマホでさっと検索をしてから顔を上げる。

「個人の生活を覗くな」

 出来るだけ抑えた声を発したけれど、その相手は小さく「クク」と笑った。

 ──そうは言うてものぅ。夢現と夢は繋がっておるからなぁ。特にオレとお主は縁があるから意識せずとも勝手に見える。どうしようもあるまいよ。

 ……どうやら言い返された場合の返答を用意していたらしい。間をおかずに聞こえた声にカンナは渋い顔をして息を吐いた。


「……それはそうと、キライが問題ないならショートケーキとお茶を持って今日そっちに行きたいんだけど、どう?」

 頭を切り替え、話題を変えたカンナに対してキライは「おぉ」と声をもらす。

 ──しょうとけぇきか。よしよし、良いぞ。時間を空けておく。

「ん、判った。じゃあ一時間後にそっちに行くわ」

 ──うむ、判った。折角だ。玻鳴宮はなみやの主にも声をかけてみようかの。……お主もその方が嬉しかろ?

「…………」

 ──沈黙は了承の表明とみなす。来るのを待っておるぞ。

 その言葉を最後に、キライの声は全く聞こえなくなった。カンナは額に手を当てながら大きくため息をつく。


「……ショートケーキとお茶、5セット……いや、1セットはティラミスかな……買いにいこ」

 静かになった部屋と頭の中、カンナは考えをまとめてからリュックを背負い。スマホをポケットに入れて部屋を出た。

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あの日の記憶(KAC2025参加作品) 伊南 @inan-hawk

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