ただ、会いにいくこと

野森ちえこ

またな

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 ——うそだろ。なんだってあいつが。


 ぐるぐると意味のない問いが思考を埋め尽くす。これで9回、つまりは9人目だ。9人。


「きっつ……」


 最悪だ。ほんとうに、最悪だ。よりにもよってどうして。


 重い気分をひきずるようにベッドから抜け出して、のろのろと身支度をととのえる。

 同居人は散歩に行っているのか、部屋には気配がなかった。


 ✡


 あの夢をはじめて見たのは小学生のときだった。

 自分ではない誰かの誕生から現在までを映しだす夢。さながら他人の走馬灯を覗き見ているような不思議な感覚の夢だった。

 それがただの夢ではないと気がついたのはいつだったか。


 登場する『誰か』はきまってオレが知っている人間だった。

 挨拶をかわす程度の知りあいから、仲のいい友人、親戚まで。

 そして夢に登場した数日後。全員が事故や事件によって命を落とした。


 病気や老衰などで亡くなった人間はこれまで一度も夢に出てきたことがない。

 出てくるのはすべて、ある日とつぜん理不尽に命を断ち切られる人間ばかりだった。

 悪趣味すぎないだろうか。

 この基準に気がついたときオレは自分の人生が闇にとざされたような気がした。


 一種の予知夢ということになるのだろう。

 どうにかしてたすけられないものかと、外出をひかえるよう相手を説得してみたりボディーガードのまねごとをしてみたり、いろいろためしてはみたのだ。それで事故をふせげたこともあった。しかし、ダメなのだ。1回ふせいでも、2回目3回目がくる。おそらくは、対象が『死ぬまで』災厄はおわらないのだろうと思わせる執拗さだった。


 オレに霊感があるかないかというなら、それは間違いなく『ある』と断言できる。

 いわゆる祓魔師エクソシストと呼ばれる家系に生まれ、それなりの力も持っているからだ。


 祖父の代までは祓い屋を生業にしていたと聞いている。

 しかし幸か不幸か、オレの父親は霊感も霊力もほとんど持って生まれなかったためふつうの会社員となり、そしてごくふつうの家庭を持った。だからオレも最初はふつうの子どもとして育てられたのだが、隔世遺伝というやつか、けっこう強い霊力を持っていることが判明したため、力をコントロールできるよう、しばらく祖父のもとで修行することになった。

 はじめてあの夢を見たのはちょうどそのころだ。


「うわっ、どうしたの? ひどい顔色だよ?」


 コーヒーをいれていると、うしろから覗きこむようにして同居人の珠海たまみがぬっと顔をつきだしてきた。


「べつになんでもないよ。つーかふつうに登場しろって。びっくりするだろうが」


 珠海の身体は薄く透けている。彼女は、この部屋に引っ越してきたときすでにここで暮らしていた幽霊である。最初はどうにか出ていってもらおうとしたのだが、なんだかんだで同居人となってしまった。

 見た目は高校生くらい。映画が好きで、幽霊となったいまは無料ただで観放題だと毎日のように映画館通いをしている。


 ちなみに幽霊だからといって必ず成仏させなければならないというわけではない。


 未練とか恨みとか、なにかに縛りつけられている場合は解放してやる必要があるけれど、そうでなければ放っておいても問題ない。そのときがくれば(おもに現世にあきたら)、それぞれ勝手に成仏したり転生したりする。


 死んだらすぐに成仏するべきだというのは、死後の世界にいる者たちの現実を知らない人間が勝手につくったルールであって、当事者(霊)にとってはおおきなお世話だったりするのである。


 変ないいかたになるが、珠海もまた死後の世界を『生きて』いる霊だ。未練とか恨みに縛られているわけではないので、祓う必要がないのである。


「ぜんぜんびっくりしてるように見えないけどー」

「知らないのか? 人間おどろきすぎると無反応になるんだぞ?」

「えー、ほんとかな」

「ほんとほんと。あと、今日午後からちょっと出かける。もしかしたら泊まりになるかもしれないから、帰らなくても心配しないで」

「わかった。けど、ほんとうに平気?」


 そんなにひどい顔色をしているのか。そうかもしれない。

 あいつが死ぬなんて。なんの冗談かと思う。


 ✡


 自分の無力さを思い知らされるだけの、なんの役にもたたない予知夢だが、だからといってずっといじけているわけにもいかない。

 どれほど拒絶しようとも捨てられない能力であるなら、どうにか折りあいをつけるしかないのだ。


 だからオレは、あの夢を見たとき、できるかぎり相手に会いにいくようにしている。

 とうとつに命を奪われた人間は、どうしたってこの世に強い未練を残すことが多いから。せめて、それをひとつでも減らせたらと思う。まあそれもむずかしくて、結局祓うことになってしまったりするのだけど。


 電車を乗り継ぐこと約1時間半。やってきたのは、隣県にある老舗の和菓子屋である。


「いらっしゃいませ。って、キヨ! めずらしいな。仕事か?」

「まあ、そんなとこ」


 カウンターのなかから出迎えてくれたのは店の婿養子である若旦那、あゆむである。オレの幼なじみで、今回あの夢に登場してしまった本人だ。


「あら、こんにちは。ごぶさたしてます」


 カウンターの奥から顔をのぞかせたのは、歩の妻である若女将の朋花ともかである。


「どうも。今日、店がおわったら30分くらい歩のこと借りてもいいですか」

「それはもちろん。ひさしぶりなんですから、30分といわず1時間でも2時間でも」

「はは。ありがとうございます」


 本人そっちのけで話していると「おい。俺にも都合ってものが」と、抗議の声がはさまれた。


「あるのか?」「あるの?」オレと朋花の声がかさなる。


「……ないけど」

「ならいいじゃない。たまには息抜きしてきなよ」


 朋花はニコニコと笑顔で歩の背中に軽くふれた。


 ほほ笑ましい光景がいたたまれない。オレはどら焼きをバラで3個購入し、「じゃあ、おわるころまたくるから」と、そそくさと店をあとにした。


 情けない。

 演技は得意だったはずなのに。


 ✡


 閉店時間の19時を10分ほどすぎたころに到着すると、歩はすでに私服に着替えて店のまえで待っていた。


「よう」「おう」と言葉すくなに挨拶をかわし、どちらからともなく歩きはじめる。

 1月のおわり。肌をさす風は冷たい。


「花見っていうにはちょっと寒いけど、近くに梅が見ごろの公園があるんだ」と歩にうながされ、コンビニで1本ずつ缶ビールを買ってその公園に向かった。


 なにをどう話そうか。ずっと考えていたのに、結局なにひとつまとまらないままこのときを迎えてしまった。


 住宅街にある公園のためか、人通りはほとんどなくひっそりとしている。

 ベンチに腰かけた歩がプシュッと缶のステイオンタブをあけた。オレも間をおかずにあけて、軽く歩の缶にぶつける。


 ひと口のんで閉口してしまう。ビールって、こんなに苦かっただろうか。


「俺、死ぬのか」


 歩はオレの、予知夢のことを知っている。

 身内以外で知っているのは、もうひとりの幼なじみである信也しんやと歩の2人だけだ。


 オレがこの能力で闇落ちせずにすんだのは、この2人の幼なじみのおかげだといっていい。

 たすけられなくても会いにいくことはできる。そうしたら最後に最高に楽しい思い出をつくってやれるかもしれない。後悔してることを聞きだして解消してやることだってできるかもしれない。そうやって『できること』をならべたてて、大丈夫だと、つらくなったら俺たちがいくらでも話を聞くからと、そういってくれた。


 だから。知っているから。こいつには誤魔化しがきかない。これまでの相手とは勝手が違いすぎて、どうしたらいいのかわからない。オレのその混乱が、歩に真実を伝えてしまったのだろう。


「……ごめ……っ」


 急激にせりあがってきた熱いかたまりに声がつまる。泣くな。泣くな。泣きたいのは歩だ。子どもだって、去年生まれたばかりなのに。


「バーカ。なんでおまえが謝るんだよ。そっかー……俺、死ぬのか。猶予、どれくらいあんだろ。あ、ビデオレターとか残そうかな。娘と奥さんと……そうだ、信也には?」

「……連絡した。あした、こっちくるって」

「平日なのに」

「病欠するって」

「悪い大人だなー」


 歩はそういってカラカラと笑う。オレにできること、なにかないのか。ない。ないのだ。もうずっとまえに諦めたはずなのに。


「……絶対とはいえないけど、たぶん早くてもあと1日は猶予があると思う」


 あの夢が予知夢だと知ってから、いちおう記録をつけている。3人目以降だから、最初の2人のデーターはないのだけれど。


「これまででいちばん早かったのは夢を見てから2日後、いちばん遅かったのは4日後」

「そっか。なら信也とも会えるな」

「ああ」

「……なあ、キヨ。俺、できるだけ未練残さないようにがんばるけどさ、もし、もし残っちゃったら、その時はおまえが祓ってくれよ?」


 オレにできるのは結局、死んだあと迷わないようにすることだけなのかもしれない。


「もちろん。約束する」

「なら安心だ。キヨ、会いにきてくれてサンキューな」


 ✡


 歩が死んだのはオレが会いにいってから2日後。夢を見てからは3日後のことだった。

 配達に出向いた先で無謀運転に巻きこまれたのだという。


「ほんとうは『わかっていたなら、どうしてたすけてくれなかったんですか』っていいたいんです。でも、あの人が『キヨを責めないでくれ』って。子どものころから、何度も何度もたすけようとしてどうしてもたすけられなくて、それでいちばん苦しんでるのはキヨなんだって」


 どうやら朋花に残したビデオメッセージのなかでオレの夢のことも話していたらしい。

 あとから確認したのだが、オレに残されたメッセージ内で『勝手に悪い』と謝っていた。そして『そこを濁してメッセージ残すの難易度高すぎて無理だった!』と苦笑いしていた。


 葬儀を終えてからひと月ほどのあいだ、事故のあった現場と自宅と店とすべて週1ペースで見てまわったが歩の姿や気配はなかった。

 珠海のような、死後の世界を生きる霊になってやしないかという期待もほんのすこしあったけれど、そちらの姿もなかった。

 もちろん、迷わず成仏できたならそれがいちばんなのだけれど。

 見まわりは今日が最後でいいだろう。

 ため息をつきそうになって、ぶるぶるとかぶりを振る。


『おまえのことだから結局またなにもできなかったーとか思って沈んでるんだろうけど、そんなこと絶対にないからな! おまえがいたから俺は家族にお別れがいえたし、見られたらハズいものも処分できたし、それなりに準備ができたんだ。ありがとう。会いにきてくれて。ほんとうに感謝してる。信也とおまえと最後まで友だちでいられて最高にしあわせだった。おまえは100まで生きて、たくさんの土産話を持ってきてくれよ。またな!』


 わが友人ながらすごいやつだなと思う。もうすぐ死ぬだなんていわれて怖かっただろうに。悔しかっただろうに。恨みごとひとつ残さないで、カッコよすぎるだろう。


「……またな」


 誰にともなくつぶやいて、1か月かよった町をあとにした。



 ✡


「トリイイイィイイイ!!」


 玄関のドアをあけた瞬間、耳をつんざくような絶叫が聞こえてきた。いったいなにごとだ。

 あわてて部屋にはいると、耳を両手でふさいでいる珠海と、ジタバタと走りまわっているまるっこい鳥?(のような生きもの、いや妖魔のたぐいだろうか)がいた。


「なんだあれ」

「あ、おかえり。いやあ映画の帰りにさ、なんか猫幽霊に襲われてたからたすけてあげたんだけど、気失ってたからとりあえず連れてきたのよ。で、いま起きたの」

「……なるほど?」


 つまり記憶が混濁して、まだ襲われていると錯覚してるわけか。


「トリイイイイイィイイイ!!」


 やかましいな。


 落ちつくまでに10分以上かかった。落ちついたら出ていってもらいたかったのだが、まったく聞きいれてもらえなかった。


「我こそは全トリの頂点に立つトリ界の妖精王トリ! ここに住んでやるからありがたく思うトリ!」

「あはは! トリちゃん、おもしろいねー」


 珠海だけでもにぎやかだったのに、うるさいトリにまで住みつかれることになるなんて。

 おかしいな。ここ、オレの部屋なのに。


 まあ、おかげで沈んでいるひまもなくなったけれど。

 そして、妖精王というのもまんざらデタラメというわけでもなさそうで、祓魔師としての仕事には案外役に立つということもわかったけれど。


「トリイイイィイイイイイイイ!!」


 なにかというとすぐ絶叫するのはやめてもらいたいところである。



     (了)


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