10回目の夢は見ない

茜カナコ

悪夢は終わる

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 俺はびっしょりと汗をかいて、目覚めた。

 心臓が痛いほど高鳴っている。


「……また、あの夢か」

 最近になって、何度も同じ夢を見る。

 正確に言うと、完全に同じ、というわけでは無いが。


「ねえ、顔色悪いよ? どうしたの?」

 隣で寝ていた彼女が俺の顔を覗き込む。

 俺はため息をついてから言った。


「何でもないよ。ちょっと変な夢を見ただけだよ」

「ふうん。どんな夢?」

 ちょっとためらってから、俺は言った。

「なんか、知らない女に殺される夢」

「へー。怖いね」


 そう言った彼女に一瞬嬉しそうな笑みが見えた気がして、俺はドキリとした。

 彼女は不意に台所を見てベッドから降り、立ち上がった。


「朝ごはん作るね。サラダとオムレツで良い?」

「ああ」

 俺はベッドの中で彼女の背中を見ていた。


 あれ? なんかこの風景見覚えがある? と変な気分になった。

 きっと気のせいだろう。


「ねえねえ、海ちゃんって覚えてる?」

「は?」

「私、海ちゃんのこと、すっごく大事に思っててさ」

「ん? 何の話だ?」


「海ちゃんが亡くなった時、茫然としちゃった。海ちゃんの手紙で、亡くなった原因を知ったんだ。私、驚いちゃった。それで、一生懸命調べたの。海ちゃんにひどいことした相手のこととか、呪い方とか」

「は?」


 楽しそうに話し続ける彼女の背中をみているだけなのに、俺は恐怖で肌が粟立って来るのを感じた。


 俺は知っている。ここで彼女はふり返り、俺に近づいてくる。

 そう、さっき見た9回目の夢はそこで途切れていたけれど。


「ねえ、怖い夢の話だけど、もう大丈夫だよ。呪いなんてまだるっこしいこと、もうやめるから」

 彼女は笑っている。まばたきもせず、俺を見つめたまま。


「ま、待ってくれ……!」

 彼女は包丁を構え、そしてそれを俺の胸に突き立てた。


「海ちゃんのことだまして、お金巻き上げて、捨てて、いったいどんな気持ちだったの?」


 彼女の口もとがゆがんだ。

 痛みが熱さに変わる。


「私、ずっと海ちゃんと一緒にいるって約束したのに……お前のせいで……!!」

 胸にさらに包丁が押し込まれる。


 ハッとする

 夢で見た女の頭頂部が、そこにあった


「……夢だったら良かったね、全部」

 

 世界がモノクロになり……暗くなり……目があけられない……。

 俺が10回目の夢を見ることは、もう無い。


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10回目の夢は見ない 茜カナコ @akanekanako

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