あこがれと秘密
篠騎シオン
はじまり
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
大学の同級生。
いつも周りにいじられたりして、自信なさげに笑っている。
そんな控えめな子。
僕の仲間。
勝手に、そう思っていた。
けれど、ある日。
街中で彼女を見かけたのだ。
いつも控えめな彼女の面影はそこにはなく、明るい表情、いつもと違う印象のメイクに着ている洋服もなんだかおしゃれなように、見える。
……僕にはおしゃれが何かもわからないけれど。けれども、それがあの子であることには何故だか確信が持てた。一目見てわかってしまった。
その姿を見た時の僕の衝撃と言ったら言葉では言い表せない。
天と地がひっくり返ったかのような足元が揺らぐかのような衝撃。
そして僕は自分の愚かさをただただ呪うのだった。
ああ、僕は。
あの子なら僕に吊り合うなんてそんな失礼な考え方をしていたんだな、と気付く。
それがどれだけ失礼で愚かなことか、語るまでもない。
心の中で呼び捨てにしたりして、自分と同列視して。
地味で陰キャな男の妄想を彼女に押し付けていたのだ。
目が合って笑いかけてくれて、そんなことから僕のことを好きでいてくれるんじゃないかという夢のような勘違いを。
それから何度も僕は彼女を見かけた。
ある時は僕のバイト先で、ある時は僕の好きなゲームのイベントで……、そして今日は友達と行くはずだったのにドダキャンされた映画館で。
毎度会うたびに彼女は大学とはまた少し違う魅力的な姿をしていて、しかもその時々違った表情をしていて、目が離せない。
目が離せないまま、僕は奈落の底に突き落とされたような気持ちになる。
何も吊り合わない。僕じゃあの子の隣には行けない。
自分では一歩も踏み出せなくて、ただただ見とれることしかできない。
そんな時、ポケットの中でスマホが震えて通知を知らせる。
『9回』
メッセージアプリのグループチャット。
普段は自分から発信しないあの子が一言、そう送っていた。
僕は頭の中で思い出す。
彼女のあの姿を見たのは、過去に8回。
そして今日でちょうど9回目。
『ん、ドリちゃんどした?』
『ミスった?野球とか見てるわけ?w』
『野球とかウケるw女子大生の趣味じゃないっしょwww』
チャットが流れていく。
彼女はそれを送ったきり、送信を取り消すこともなくだんまりを決め込む。
勘違いではない、そんな思考が心の中での大きくなる。
あの子は僕に伝えるために、いじられるのも覚悟でチャットを送ったのではないか。
だとしたら、今ここで、話しかけ……いやでも勘違いだったらどうするんだ。
それこそ笑いものだ。
そればかりか、迷惑そうな顔で見られたら一生立ち直れないかもしれない。
自己保身ばかり延々と生み出す自分の額を、僕はスマホで思いっきり殴る。
そしてあの子の姿を再び目にとらえる。
なにかスマホを一生懸命、真剣そうに見つめている姿。
変わったあの子の姿を見て、僕もという気持ちが湧いてくる。
過去の産物。
少しだけ気持ちの悪い妄想の力を借りながら、彼女のそばへと歩みを進める。
あの”夢”を見たのは、これで9回目なのだから。
「夢さん……だよね?」
心臓が破裂しそうになりながら、それでも必死に歩みを進めて、震える声、言葉で彼女に話しかける。
すると彼女はふわっと笑顔になって、それから何のためらいもなく僕の手を握ってくる。
「もう、やっと声かけてくれた。待ちくたびれちゃったよ」
僕の世界は再び、ひっくり返った。
そして新しく始まるのだった。
あこがれと秘密 篠騎シオン @sion
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