【KAC20254】野郎が裸でエプロン着て何するってんだ。
宇部 松清
男のロマンはどこへ行った。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
最初のうちは良かった。成る程、夢にまで見るほどだったかと、そんなことを考えてしばらく余韻に浸ったものだ。けれども、9回だ。9回も連続で見るとなると、さすがに罪悪感に襲われる。
裸エプロンである。
多希が俺のスーツを着てみたいと言ったあの日。彼は、俺にもそういう『憧れ』はないのかと尋ねて来た。その時についうっかり口を滑らせたのが『裸エプロン』である。
最初多希は、俺が装着する側だと思ったらしいが、とんでもない。野郎が裸でエプロン着て何するってんだ。変態じゃねぇか。そう思ったが、パートナーに裸エプロンをお願いするのも十分に変態ではある。
が、彼は驚きつつも案外するっと快諾した。今度それっぽいエプロン買っといてやるよ、と。さすがに愛用のエプロンをいかがわしい目的で使うのは嫌なのだろう。俺だってそこまでの変態じゃねぇし。
というわけで、早速ファッションセンターしましまにて、一番安いシンプルなエプロンを購入してくれたらしく、「いやぁ、買った時は勢いだったけど、いざ着るとなるとすげぇ恥ずかしいな」とか言いつつ、着てくれたのである。多希は行動が早い。
感想?
いや、なんていうか、そこまでやらせておいてなんだけど、思ってたのと違ったな、というのが正直なところだ。あまりにも多希が堂々としすぎていたからである。
「どうだ、
ばばーんと仁王立ちの裸エプロン男である。恥ずかしいとかどの口が言ってんだ、ってくらいの快活スマイルを添えた、まごうことなき変態である。いや、させたのは俺なんだけども。違うじゃん、それはさ。もうちょっと恥じらいとかあっても良いじゃん。どうだ、じゃないのよ。別に演技指導したいわけじゃないけど、それは違うってわかってほしかった。布一枚しか纏っていないという状況でこれほど興奮しないことある? これ、俺がおかしいのか? いや、俺は悪くないよな?!
さすがにそこまで肌面積の広い状態で料理をさせるとどんな危険があるかわかったもんじゃないので、調理中は一旦服をちゃんと着てもらい、入浴後に再びエプロンを着せてみたのだが、そうなると今度はいかにも「これからこの恰好でエッチなことをします!」みたいなのが透けて見えてきて逆に面白くなってしまったのである。
こうなるともう正直、そういうムードに持っていく方が難しい。仕切り直しで部屋着に着替え、多少頑張った感じのキスまでしてみたけれど、ふとした時に、先刻の『裸エプロン男』が蘇ってしまうのだ。どちらからともなく吹き出してしまい、どうにもこうにも盛り上がらない。いや、逆に盛り上がってはいるのだ。主に、『バカ受け』の方面で。
「今日はもうそういう日ってことにしようや」
そう決めて、なぜか俺の分まで用意していたらしい色違いのエプロンを装着してバカ騒ぎして、それはそれは楽しい時を過ごしたわけである。何でクラッカーまであるんだよ。いつ何に使うためのやつなんだよこれは。ただ、大学時代もこんな感じのアホをやったなと謎に懐かしくなったりして(裸エプロンの経験はないけど、腹踊りならある)。
それで、その狂乱の宴を終え、いま俺は名古屋にいる。出張である。期間は10日間。当初の予定では、これのせいで10日も会えなくなるから、いっちょ裸エプロンで景気づけるか! という感じだったのだ。有り体に言えば、「忘れられない夜にしようね★」というやつである。
そしてそれは狙い通り『忘れられない夜』となり、何なら9日連続で夢にまで登場する、レギュラー出演レベルの爪痕を残してくれたわけである。俺はお前を任命した覚えはない。
それで、だ。
最初の方は良かった。孤独な出張に華を添えるとでもいうか、緊張で固まった身体からすっと力が抜けるというか、そんな効果があった。俺らいい年なのに馬鹿みたいなことしたなぁと、朝からくつくつと笑って、よっしゃ今日も頑張るか、となったのだ。まさか野郎の裸エプロンに活力をもらう日が来るとは思わなかった。
けれど9日連続だ。
ここまで来ると、何らかのメッセージというか、そういうものを感じるのだ。神様からのお叱りというか、「お前ら何やってんだ」というか、「せっかくの裸エプロン回を台無しにしやがって」というか。
いや、俺だってまさかあんな結末を迎えるとは思わなかったのだ。ちゃんとそれっぽい雰囲気になって、恥ずかしがる多希にアレコレする予定だった。だけどまさか多希があんな堂々と登場するとは思わないじゃん。
さんざん前振りで恥ずかしかっただの、着るのは勇気いるだの、やっぱパンツ履いて良い? とか言ってたくせに、いざ着てみたら高校球児みたいな爽やか笑顔で仁王立ちとか、アイツのメンタルどうなってんの。エロスの入り込む余地が全くねぇんだけど!
これはアレだ。
帰って来たら反省会をするべきだろ。
もしかしたらフリフリエプロンだったら違う結果だったかもしれない。シンプルエプロンはいわば多希の仕事着である。戦闘服と言っても良い。要は彼の『ホーム』。裸エプロンはどちらが主導権を握るかにかかっているのだ。成る程わかった。
さて、出張も今日で終わりだ。今日は会社に寄って書類関係を提出したらそのまま帰宅して良いことになっている。金曜だから明日も明後日も休みだ。
そう、金曜日なのだ。
もちろんこの後は多希の家に行く。名古屋土産もたんまりと買った。変なパンツの腹いせに、金のシャチホコ柄のパンツも買った。金のシャチホコに罪はないが、それを股間に配置したデザインなのが悪いと思う。
「えっ!? 幸路さんも見たのかよ!」
お土産を渡し、シャチホコパンツにしこたま笑った後で飯を食い、酒を出したタイミングで夢の話をすると、多希は目をまん丸にしてそう返してきた。
「も、ってことは多希も見たのか?」
「見た見た。しかもアレな、9日連続よ」
「そんなところまでシンクロするとは……」
やはりこれは神様からの何らかのメッセージ。そうスピリチュアルな方向に話を持っていこうとすると、多希が「いやぁ」と何だか嬉しそうに眉を下げた。
「俺さぁ、専門だから、あんまそういう大学生のノリ? みたいなの経験したことなくてさ」
「え」
「幸路さん言ってたろ、大学生の時は徹夜で脱衣麻雀やったり、無茶な飲み方したって」
「お、おう……」
俺の名誉のために断っておくが、脱衣麻雀の参加メンバーは全員男だ。
「まぁ、専門でもそんなバカ騒ぎしてるやつらはいたと思うんだけどな? 俺らの周りはいなかったっつぅか、そんな雰囲気のトコでもなかったっつぅか」
だからまぁ、憧れではあったんだよなぁ。
しみじみとそんなことを言う。そんなことに憧れてんじゃねぇよとも正直思うが。
「9日連続で夢に見るなんて、よっぽど楽しかったんだろうな、あの裸エプロン祭り」
しっかり祭り認定されてる。
「……多希がそこまで言うなら、またやるか?」
本来の意図とは違うけど。ごめんな、そのつもりで買ったエプロンよ。お前は本来の目的でもなければ、エロ目的でもない、第三の役割を与えられようとしている。
「んー、まぁ年イチとかでな」
「毎年の恒例行事にするなよ」
とは言ったが、悪ノリが加速し、8月8日の『エプロンの日』は裸エプロンの日と制定され(夏なのもちょうど良かった)、年に一回、童心に返って悪ふざけをすることになったのである。
裸エプロンは男のロマン。
そんなことを言ったやつ、出て来い。後で話がある。
【KAC20254】野郎が裸でエプロン着て何するってんだ。 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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