おもいあい

紗久間 馨

忘れられない人

あの夢を見たのは、これで9回目だった。


「また、か」


眠りから覚めると同時に、胸がきゅっと苦しくなる。



あなたの夢を見た。


別れてから7年も経つのに。


記憶にないだけで、9回よりもっと多いかもしれない。



夢の中で、あなたは悲しそうな表情を浮かべながらも、目には強い決意のようなものを宿している。


その顔が脳裏に焼きついて離れない。



「重すぎて無理。別れたい」


高校3年生になったばかりの春に、私がそう告げた。


私と離れたくないという理由で「同じ大学に進む」と言ったから。


高いランクの大学を狙えるくらい頭がいい人なのに。


私があなたの未来を閉ざすかもしれない。


そう思うと怖くなった。



「絶対に迎えに来るから。待ってて」


卒業式の日、あなたにそう言われた。


きらきらした女子のいる大都会に行けば、私のことなどすぐに忘れてしまうだろうに。


あなたの言葉に胸がときめかなかったと言えば嘘になる。


でも、期待なんてしてない。


ずっと彼氏がいないのは、別にあなたを待ってるからじゃない。


良い出会いがなかっただけ。






帰宅ラッシュの時間帯が過ぎて、人影がまばらな駅に降り立つ。


ここであなたと電車を待った時間も、愛おしい思い出だ。



「ちょ、お前、ふざけんなって」


聞き覚えのある声に、思わず振り返る。


でも、声の主は思い起こした人じゃない。


そこには楽しそうに話す二人の男子高校生の姿があった。


見覚えのある制服に懐かしさが込み上げる。



「いや、だからさあ」


あなたによく似た声にくぎ付けになってしまう。


たぶん、今朝の夢のせい。



声の主と目が合い、慌てて視線をそらした。


「ねえ、おねーさん。俺のこと見てました?」


外見は似てないけど、声は本当によく似てる。


「ごめんなさい。ちょっと、知ってる人の声に似てたから」


「知ってる人って、彼氏さんですか?」


「えっと・・・・・・」


適当に言って去ればいいのに、動揺して返答に困る。



「よせよ。困ってるだろ」


もう一人の男子が割って入る。


「すごく綺麗な人だから、つい。今って、付き合ってる人とかいます?」


「おい、やめろって」


「えっと、いないけど・・・・・・」


「じゃあ、今度、俺と遊びません?」


「何言ってんだよ。すみませんね。こいつ、調子に乗りやすくて」



あなたに声が似た男子と、真面目そうなところが似ている男子。


困った状況なのに、あなたを思い出さずにはいられない。



「私、チャラい人は苦手なの。まっすぐで、ちょっと愛が重いくらいの人が好きだから」


「だってよ。お前はタイプじゃないって」


「えー、残念」


「すみませんでした」と真面目そうな男子が軽く頭を下げ、もう一人の腕をつかんで引いていく。



ベンチに腰を下ろして、ふうっと息を吐く。


「今日はどうかしてる」


やけにあなたを思い出す。


やっぱり夢のせいかもしれない。


私から別れ話を切り出したくせに、今でもあなたのことが頭から離れない。



「おねーさん」


さっきの男子が戻ってきたのかと思った。


視線を向けた先にいるのは、声が似た男子じゃない。


「本物? 何で?」


記憶より少し大人びたあなたが立っている。


驚きのあまり、思考が停止してしまった。



「久しぶりだね。びっくりした?」


うなずいて返事をする。


「この駅で待ってれば、会えると思ってたんだ」


あなたが嬉しそうに笑うから、私まで嬉しくなる。


待ってたって必ず会えるわけじゃないのに。


なんて、そんなことはどうでもいいくらい、こんなにも会いたかったのかと思い知らされる。



「重いのは無理なんじゃなかった?」


会話を聞かれていたと知って、途端に恥ずかしくなる。


「今、彼氏いないって本当?」


「う、ん」


「もしかして、俺のこと待っててくれた?」


「待ってな・・・・・・くない。ずっと、ずっと、好きだった」


思いと一緒に涙があふれる。


「待たせてごめん」


あなたの温かい腕が優しく私を包む。


夢じゃない。


本物のあなたがここにいる。



「重くていいから、つぶれるくらいに愛して。もうどこにも行かないで」


「うん。その覚悟で君に会いに来たんだよ。嫌だと言っても、もう離さないからね」


「そっちこそ。嫌になっても離してあげないんだから」


「ねえ、君と一緒にいるために、俺がどれだけ努力してきたと思う?」



やっぱりあなたの愛は重すぎる。


でも、それがいい。

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