本編「夢で見たことがいま、現実に起こっている」

 私は小会議室に新人たちを集めた。


 遅刻する者や無断欠席する者も現れるんじゃないかと不安になっていたが、奇跡的にもみんな定刻までに集まってくれた。

 均等に並んだ4つの長テーブルに2人ずつが座っている。


 私の隣には、冷房下にあってもひたいに玉の汗を浮かべた小太りの男性がいる。四角いメガネがすぐずり落ちるので、そのたびに薬指でクイッと直している。


 9回見た夢とまったく同じ状況。まるで10回目の夢を見ているようだが、これは紛れもなく現実だ。


「今日みなさんに集まってもらったのは、みなさんのことを指導してくれる先生をお呼びしたからです。それでは先生、自己紹介をお願いします」


 私が促すと、隣から粘り気のある声が発せられる。


「えー、コンサルタントの紫芝重男ししばしげおと申します。よろしくです」


「…………」


 え、それだけ? 普通は経歴とか、経験に基づく小話とかするもんなんじゃないの?


 私が紫芝先生を見ていると、あちらもこちらを見て軽く会釈をしてきた。さっさと進行しろってか?


 そんなことを思いつつも、これも夢で見たとおりだった。だから、私はむしろ正夢の正確さに驚いている。


「えー……新人のみなさんは入社してもう半年になります。もうそろそろ業務にも慣れてくるころだろうと思いますが、いまだにミスが目立つので、それを解消するために紫芝先生にアドバイスをしていただきます。それでは先生、お願いします」


「ミスの是正には『なぜなぜ分析』が一番です。実際にやってみましょう。具体的にどんなミスがありましたか?」


 なぜなぜ分析とは、問題の原因を特定してその問題を解決するための対策を立てる手法だ。

 発生した問題に対して「なぜそれが発生したのか?」という問いかけをし、その理由に対しても「なぜ?」を繰り返すことで、根本原因を突きとめて問題の解決策を導き出すやり方である。


「そうですね。たとえば、そこの根武曽ねぶそ君なんかは作業中によく製品を落としてしまいます」


 私が呼ぶと、早くも舟を漕いでいた根武曽君が目を覚ましてキョロキョロしだした。

 彼はいつも眠そうに見える。タレ目なのは仕方ないにしても、寝ぐせくらいは直してほしい。


「ではさっそく『なぜなぜ分析』を実践してみましょう。根武曽さん、あなたが作業中によく製品を落とすのはなぜですか?」


 根武曽君は喧嘩を売られたと思ったのか、一度見開いた目を細めて紫芝先生をにらむ。だが質問には素直に答えた。


「睡眠不足だったからだと思います」


「睡眠不足になったのはなぜですか?」


「前日、残業で遅くなったからです」


「なぜ残業で遅くなったのですか?」


「ミスをしてやり直しをしたからです」


「そのミスはなぜ起こったのですか?」


「睡眠不足だったから」


 ……堂々巡りやないかいッ!!


「はい、いいですね。えー、『なぜなぜ分析』はひとつの問題に対して5回くらい原因をさかのぼったら真の原因にたどり着けると言われています」


 よくねーよ!! たどり着けてねーよ! しかも4回しか「なぜ」してねーよ!


「それでは、次の問題も解決しましょう」


 次行くな! 解決してねーよ!


 文句を言ってやりたいところだが、彼は弊社のお偉いさんと深い関係にありそうだから我慢する。


「じゃあ次は喜多きた君にしましょう。彼はいつも報告をおこたってしまいます。社用車で倉庫に突っ込んだときすらも黙って帰りました。しかも後日、『僕はあの日は出社してないから犯人じゃないです』なんて嘘をつきました。防犯カメラにバッチリ映っていたと言っても『他人の空似です』なんて言うんですよ」


「あっはっは! それはおもしろいですね!」


「おもしろくないです」


 喜多君がおもむろに立ち上がって小会議室から出ていこうとするので、私は駆け寄って両肩をガッシリつかみ、元の席に連れ戻した。


「おっほん。それでは『なぜなぜ分析』を実践しましょう。あなたはなぜ報告しないのですか?」


「上司が怖いから」


 え、私はかなり温厚なほうだと思うけど……?


「それはなぜですか?」


「よく怒られるから」


「それはなぜですか?」


「報告しないから」


 また堂々巡りやないかいッ!!


「はい、そういうことですね。それでは次にいきましょう」


 何が!? 何も導き出せてねーよ! しかも「なぜ」は3回。減ってる! 5回したほうがいいんじゃないの!?


「あ、紫芝先生。すみませんが、『なぜなぜ分析』はこれくらいで……。ほかの手法とかないですか?」


「いやぁ、『なぜなぜ分析』が基本ですから。ピーデーシーデーにしたって、これができないと回せませんからねぇ」


「ピーデー……?」


「ええ、ご存知ないでしょうけども、ね。あるんですよ。ピーデーシーデーサイクゥというものが、ね」


「もしかしてPDCAサイクルのことを言ってます?」


 パシッと肩を叩かれた。肉団子のような顔がにへらとした笑顔を向けてきた。


 え、それどういう感情? 「なんだ、知ってんじゃん」的なこと?


「はぁ、わかりました。じゃあもう1件だけ『なぜなぜ分析』をやりましょう。嘉科内かかない君はもう半年も同じ業務についているのに、いまだに作業手順を覚えられていないんですよ。彼はすごく真面目なだけに、そこが不思議でなりません」


 かくして嘉科内君の『なぜなぜ分析』が始まった。


 ・作業の手順を覚えられない。


  ↓それはなぜか。


 ・教えられたときにメモを取らないから。


  ↓それはなぜか。


 ・メモを取れる環境にないから。


  ↓それはなぜか。


 ・作業場がクリーンルーム内で物品の持ち込み禁止だから。


「おお! 今回は是正までたどり着きそうですね! クリーンルーム内でメモを取れないなら、クリーンルームから出たときにメモを取ればいい!」


 私はガッツポーズをする。


「いえ、課長……これは元々クリーンルームを出るときまで作業の手順を覚えていられないという話です」


 じゃあこれも堂々巡りやないかいッ!!


 うん。知ってたよ。だってこのくだりも夢で見たもん。正夢だもん。


「あの、紫芝先生……。たぶん弊社がやっている『なぜなぜ分析』は一般的にやられているものから何かが抜けている気がするんですよね。何が悪いんでしょう?」


「それでは課長さん。御社の『なぜなぜ分析』がなぜうまくいかないのか、『なぜなぜ分析』で分析してみましょう」


「え……? は、はい……。いや、だからね! あ、すみません、ついタメ口に……」


「いえいえ、それだけ親近感を持ってもらえたということです。嬉しいですよ」


 いや、違うけど。親近感じゃなくて、イライラが募ってるだけなんですけど。


「そうじゃなくて、正しいやり方というのを教わりたいんですよ。だから、紫芝先生が分析のお手本を見せてくれませんか?」


「ああ、そういうことですか。もちろんです」


 ・御社の『なぜなぜ分析』がうまくいかない。


  ↓それはなぜか。


 ・分析が堂々巡りになるから。


  ↓それはなぜか。


 ・悪循環という循環構造から抜け出せないから。


  ↓それはなぜか。


 ・なぜなぜ分析が正しく機能していないから。


  ↓それはなぜか。


 ・分析が堂々巡りになるから。


 ……あんたも堂々巡りやないかいッ!!


 でもこれで結論出たわ。


 結論……依頼したコンサルが駄目でした!


「すみません、紫芝先生。ちょっとこの辺りに仰向けに寝てもらっていいですか? あ、もう少しこっちで……」


 私は長テーブルの上に登り、紫芝先生に背を向けた。腰を落とし、バネをためて、思いっきり背面方向へ宙返りのジャンプ! 目標、ワイシャツがはち切れそうなパツパツボディ!


「必殺、是正アタックッ!!」


「ぐはぁッ!!」


 決まった! 無能コンサルタントにムーンサルトプレスをかましてやったぞッ!!


 こいつにどんなコネがあろうが知ったことか!


「ゴホン! 何をやっているのかね、安達あたつ君?」


「しゃ、社長……!?」


 ちょっと待って! 夢には社長出てこなかったって!

 あれだけ忠実に正夢だったのに、一部だけ改変するのはやめて!!


「ああ、なんてことだ。どうもすみません、紫芝の坊ちゃん。安達君、会長のお孫さんになんてことをするんだ。君はクビだ。懲戒解雇だ!」


 こうして、私という45歳無職が完成したってわけです。



   〈了〉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

弊社に来た無能コンサルタントにムーンサルトプレスをかましてやった話、聞く? 日和崎よしな @ReiwaNoBonpu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ