黄金のカバ

青切 吉十

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 黄金に煌めく海を、十数匹のカバが泳いでいる夢だ。

 カバは河馬と書く通り、淡水にすむ生き物。海で泳ぐことはない。


 目がさめたのは夕方だった。きょうは作家仲間の先輩と飲む約束をしていたので、シャワーを浴びて髭をそり、身支度を整えた。タバコを吸おうと思ったが、先輩がタバコ嫌いなのを思い出して、吸うのをやめた。


 先輩との飲み会は、ぐちばかり聞かされて、ちっとも楽しくなかった。会計も割り勘だった。

 その帰り道、占いの看板が立っているのを見て、何の気の迷いか、ふらふらと立ち寄った。

 占い師は、森見登美彦の作品に出て来そうな老婆であった。


 椅子に坐ると占い師が、「なにを占ってさしあげましょうか?」と話しかけてきた。

 それに対して、「何でも占えるのかい」と薄ら笑いを浮かべてたずねたところ、「ずいぶん、年を取っていますからね、だいたいのことは」と占い師は答えた。

 「うーん。とくにないんだがね……。ああ、そうだ。九日連続でふしぎな夢を見ているんだ。夢占いはできるかい?」

 「九日連続で……。それは、まあ、ふしぎなことで。それで、どんな内容で?」

 夢の内容を話すと、占い師はうんうんとうなづきながら、「かなりの吉兆ですよ。なにか新しいことをはじめるべきです」と言った。

「新しいことだと。作家をやめて、転職しろということかな?」

 すると占い師は「さあ、そこまでは」とあやふやなことを言いだした。つづけて、「その夢を材料に小説を書かれてはどうですか?」と言ってきた。

「夢か……」

「内田百閒は夢を材料にして小説を書いていましたし、その師匠の夏目漱石だって、夢十夜を残しているじゃないですか?」

「漱石は猫とそれからは好きだけど、夢十夜はいまいちなんだよね……。それにしても、お婆さん、詳しいね?」

 そのように言うと、占い師は微笑を浮かべて、「こう見えて、文学部を出ているんですよ」と応じた。

 「大学を出ていて、なぜ、占い師に」と失礼なことを言うと、「まあ、文学の才能よりも占いのそれがあったわけです」と返答があった。

「夢ねえ。星新一も夢20夜という小説があったな。知ってる、星新一?」

「知ってますよ。ショートショートの神さまでしょう?」


 そこで記憶は途切れている。十回目の夢を見た。

 起きたら、また、夕方だった。仕事を変えるべきなのだろうな。

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