出たよ、出たよ。KAC名物わけのわからないお題が今年も出たよ! これを考えた奴って、俺たちユーザーを惑わせて、今頃ほくそ笑んでいるんだろうけど、俺は絶対こんなものに屈したりしないからな。はははっ!
丸子稔
第1話 ある国語教師の苦難
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
高校の国語教師、田中守はおびただしい寝汗でパジャマを濡らしながらも、回数をちゃんと憶えている冷静さを持ち合わせていた。
子供の頃、ドラマで観た教師に憧れ、高校の教師になったものの、あまりにかけ離れた理想と現実に、田中は
授業中、ほとんどの生徒は周りの者とおしゃべりしたり、スマホをいじったりして、彼の話をまったく聞こうとしなかった。
元来、臆病なところがある田中は、それを注意することができず、悶々とした日々を過ごしていた。
そのせいか、田中は自分が授業をしている夢をよく見る。
夢の中も現実と同じように、生徒達は田中の話をまったく聞いていないのだが、彼は夢の中では強気で、『お前ら、静かにしろ!』と怒声を浴びせるものの、逆ギレした男子生徒達から袋叩きにされるという夢を、今まで8回見ていた。
(もう、うんざりだ。こんな生活を続けていたら、俺はダメになってしまう。……決めた。俺は今日限り教師を辞める。まだ25歳なんだし、今ならいくらでもやり直せるからな)
田中はそう決意すると、濡れたパジャマを脱ぎ捨て、スーツに着替えた。
出勤後、田中はいつものように授業をこなし、いよいよ次が最後の授業となった。
奇しくも、それは、自らが担任する2年1組だった。
田中は今日で辞めることを生徒達に告げていなかったため、彼らはいつものように騒いでいた。
田中はどうせ最後だからと開き直り、「お前ら、静かにしろ!」と、初めて怒鳴り声を上げた。
いつもと違う雰囲気を醸し出す田中に、生徒達は面食らい、教室内は一気に静まり返った。
彼はその様子に内心ホッとし、「この前書いてもらった作文の添削をしたので、今から一人ずつその旨を発表する。まずは井上」と、まずは国語の成績が優秀な井上を指名した。
「『僕は昨日妹に嘘をついたことを、後で後悔しました』という文があるが、この場合、『後で』は余計だ。後悔の意味は後で悔やむだから、『後で』を付けたら、二重表現になるんだ。まあ、この間違いは井上だけでなく、他の者も結構やってるから、気を付けるように」
田中はそう言うと、次に茶髪でギャルメイクをしている加納由香を指名した。
彼女は授業中、いつも大きな声で周りの者とおしゃべりしていたため、田中は鬱憤が溜っていた。
「『バイト先のコンビニの金髪のバイトリーダーの専門学生がウザい』という文があるが、短い間隔に『の』を使い過ぎなんだよ。お前は『おののの〇かっ!』」
「はあ? 『おののの〇』なんて知らないし」
「……まあいい。今度から気を付けろよ。じゃあ次は新田」
田中は夢の中でよく殴られている新田を指名した。
「お前は文中に『やばい』を5回も使用している。しかも、すべて違うシチュエーションでだ。本来『やばい』は、悪いことや危険なことが起こりそうという意味なんだ。それなのにお前は、やたらめったら使いやがって。『やばい』は万能の言葉じゃねえぞ!」
新田が一瞬ムッとしたのを見て、田中は身構えたが、彼が攻撃してくることはなかった。
「じゃあ次は吉本」
田中はいつも率先して授業の妨害をする男子生徒を指名した。
「お前は文中に『逆に』を6回使用しているが、すべて使わなくてもいいところで使っている。お前、ただ『逆に』って言いたいだけだろ!」
「そんなことないよ。逆に俺は、そんな言葉、本当は使いたくないんだ」
「そうそう。それが本来の使い方だ。よく覚えとけ!」
その後も田中は一人ずつ指名し、最後にこのクラスの委員長、矢口真由美を指名した。
彼女は東大合格確実とまで言われている秀才で、もちろん作文も完璧だった。
「先生、なにか問題でもあったでしょうか?」
真由美は自信満々な顔で訊いた。
「いや、まったく問題はない。しかし──」
田中が言葉を切ると、真由美は怪訝な顔で彼の様子を窺った。
すると──
「お前は完璧過ぎるんだよ! 普通は誤字の一つや二つはするもんだろ。それをお前は、しれっとした顔で『何か問題でもあったでしょうか』なんてぬかしやがって。前から思っていたが、お前は可愛げがないんだよ!」
田中の理不尽とも言える発言に、真由美はおろか生徒全員が呆然としていた。
やがて終業のチャイムが鳴ると、田中は最後に言いたいことを吐き出せてスッキリしたのか、晴れ晴れとした表情で教室を後にした。
了
出たよ、出たよ。KAC名物わけのわからないお題が今年も出たよ! これを考えた奴って、俺たちユーザーを惑わせて、今頃ほくそ笑んでいるんだろうけど、俺は絶対こんなものに屈したりしないからな。はははっ! 丸子稔 @kyuukomu
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