貴族と奴隷
さくらい まもる
-貴族と奴隷-
私はリンゴが嫌いだった。正確には「海外産のリンゴ」が嫌いだった。これは私の貴重な若い時間を大きく揺るがした代物で、これで私はいじめを受けたことがある。少しだけ、昔話を聞いて欲しい。
初めに違和感を感じたのは、10歳の時である。自分と同じ年齢の子がある日突然、海外産のリンゴを買ってもらったと嬉しそうに話すのだ。私が初めてそれを聞いた時、「リンゴの何がそんなにいいものか」と不思議に感じていた。友達に詳しく話をきいてみると、どうやらそのリンゴは、学校に持ってきてはいけないもので、簡単に友達と連絡が取れて、知りたい情報を簡単に手に入れることができる。好きな音楽だって聞ける代物だというのだ。そんなリンゴがあるものか・・・。
私は、自宅に電話をかけないと話をすることができない。おまけに電話をかけても友達が家にいるか分からない。社会の宿題で「江戸時代の人の暮らしを調べよう。」なんていう調べ学習が出ようもんなら、図書館に行って、手当たり次第に本を探さねばならない。しかも同じ本が2冊以上図書館にあることなんてないから、誰かに先を越されたら大変だという焦りもある。好きな音楽だってレンタル屋さんを梯子しなければならない。そう簡単に聞けやしない。
歳をとるにつれて周りはリンゴを持ち始めるようになった。当然、リンゴを持っていない私は、いじめの対象にもってこいだ。リンゴを持っている貴族社会。リンゴが買えない奴隷社会。そんな2つの世界が一つの教室で境界線を作り出しながら共存している。奴隷社会をから脱獄する方法は一つ。自分も貴族になることだ。つい最近まで、奴隷だったあいつは、翌週から貴族になっていた。そして奴隷の私に攻撃をしかけてくる。ただ、貴族の中にも酔狂なやつもいて、彼らの気遣いが初めは嬉しかった。奴隷の私にも、人権が認められたような気がしていた。ただ、彼らをよく観察して分かったことがある。奴らは権力者がいるときだけ良い顔をするのだ。おまけに世の中が勧善懲悪だと考えている。権力者の前でだけ体のいいことを言って、本心では人を見下している。優等生な自分に、優しさを分け与えて評価されている自分に酔っているのだ。私は馬鹿な振りを続けた。貴族にうまく取り入って、気に入ってもらえるように・・・。私にはこれしかなかった。こういう風に立ち振る舞うことでしか自分を表現できなかった。笑われる筋合いなど無いのだ。私はこうやってうまいこと乗り越えてきた。だから陰口も僻みも全てこの背中に背負ってきてみせたのさ。
翻って私は今、社会人なんていう肩書で「仕事」っていうものをやっている。これは特別やりたいものではないが、これがあるからなんとなく生きている感じがする。奴隷時代の経験が活きているのか、人間関係は良好だ。そして貴族になった私は多くの娯楽によって快楽を得ている。娯楽がありふれているせいで時々自分が苦しくなる時がある。そんな時、私は奴隷時代を思い出ああ。奴隷時代もそう悪いものではなかったな。
貴族と奴隷 さくらい まもる @sakurai25
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