机の妖精
まさつき
おまえだったのか
まただ。また、無くなった。
たしかに、執筆に使うキーボードの脇に、メモ用のお気に入りの万年筆を置いていたはずなのだ。それがない。
ペン立てに差すはずがない。万年筆は長いあいだペン先を上にしておくと、インクが先から抜けて書けなくなる。下に向けるのは言語道断。インクが漏れ出る事故の元だからありえないのだ。万年筆は寝かせて置くクセをつけて、すぐ手に取れる場所に置いているはずなのに。なぜか机から消えていた。
もしや物陰にでも転がっているのか? 雑然と資料やメモが積まれた机の上をかき分けていたら、おじさんと目が合った。
誰だ? おじさんといっても人間ではない。
ちっさい、おじさんだ。赤いとんがり帽を被った、小さなおじさん。
大きさをそろえれば、おそらく私と同じ年恰好だろう。
まさか、お前がうわさに聞く〝机の妖精〟なのか?
小人はPCモニターの脇から顔を覗かせて、じっと私を見つめていたかと思うと、体を動かすことなくパッと消えた。なるほど。さすが妖精。神出鬼没である。
いやいや、妖精などいるはずがない。私は疲れているに違いない。
ため息をついて椅子の背もたれを後ろに倒し、本棚を見上げた。
どうやら、疲れてはいないようだ。本の隙間におじさんはいた。
手に白い塊を持っている。残念ながら正体はわからない。いい加減老眼鏡をあつらえねばならぬことを、思い出した。
しかしこれで、やたら机から物が無くなることについての合点がいく。
妖精が盗んだのだ。話に聞く〝借りぐらしの妖精〟なのかもしれない。
とはいえ。身の丈以上の長さがある棒きれなど盗んで、どうするつもりなのか? 考えているうちに、小人は本棚からも消えていた。
ふいに、薄くなった毛髪がむずむずとした。まるで、虫でも潜んでいるかのように。ゴキブリであったらどうしよう……。
意を決して頭髪の中に手を入れ、一気に掴み上げた。
ぐしゃりと、柔らな肉の感触が手の内に広がる。
手を広げて目を見張った。
潰れたネズミのように、息も絶え絶えなおじさん小人がいた。
喘ぐ口元から、白い紐みたいなものが伸びていた。
紐の先は、私の耳の穴に繋がっていた。
盗まれていたのは、モノではない。私は記憶を、喰われていたのだ。
机の妖精 まさつき @masatsuki
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