【短編】異世界音楽家 ~とある結婚式にて~

物部

短編

 今日は俺が仕える辺境伯家の長女ヘンリエッタ様の結婚式です。

 だというのに、目の前の旦那様になるというジーク様は憂鬱そうで困っています。


 普段は仲睦まじい姿を見せているのですが、肝心な場面で気弱な姿を見せてしまう悪癖をお持ちの方で、先ほどからため息ばかりついていて部屋の空気が悪いです。

 この状態を乗り越えさえすれば、勇ましい姿を見せてくれるのに……

 とても残念な方です。


 お嬢様に強く言いつけられているので、俺がなんとかするしかないですね。

 さて、軽く言葉をかけてから、いつものように送り出しますか。


「ジーク様、そのような姿を見せては、ヘンリエッタ様を不安にさせてしまいますよ?」

「リアム君か。こんな僕では彼女に相応しくないのではと、ここまで来て考えてしまうんだよ……」

「大丈夫ですよ。ここまで歩んできた道のりは大変だったとはお聞きしていますが、それを乗り越えたお二人はとてもお似合いですよ。私の目からも、周囲から見てもです」

「だが……」

「いつものように勇気を出してください。私から送り出すのもこれで最後です。覚悟を決めてください。誓いの言葉に期待していますよ?」


 俺はそう言って、魔法を展開します。

 これからの門出、旅立ちに最も相応しい曲を選びます。

 俺が手がけた、地球でもほとんどの人が耳にしたことがあるであろう曲です。


 魔法が奏でる旋律に合わせて、結婚式のスタッフが扉を開きます。

 新郎は先に式場で待機して、新婦を迎えるのです。

 俺の言葉と曲に勇気づけられたのか、ジーク様の目の色が変わります。

 一度深く呼吸して、スッと立ち上がります。

 その姿は以前に見た雄々しい英雄の姿でした。


 ――さあ、結婚式の始まりですよ。




 俺も式場に移動して、並べられた椅子にお嬢様が座ったのを確認します。

 お嬢様からの視線を受けて、どうやらあちらの準備も整ったことが確認できます。

 式場にいる辺境伯家の執事からの合図を見て、魔法を発動しました。

 扉が開き、新婦を伴った辺境伯様の登場です。

 今度は結婚式に相応しいワルツを演奏して、新婦と辺境伯様を新郎のもとまでゆっくりと歩ませます。


 新郎のもとまでたどり着き、辺境伯様の腕から離れるヘンリエッタ様。

 ヘンリエッタ様が小声で何かを呟いたようで、辺境伯様が泣きそうになっています。

 それから辺境伯様は憤怒の表情で新郎のジーク様を睨めつけますが、ジーク様の表情を見てから何かを諦めて、覚悟を決めた様子で辺境伯様は新郎に一礼しました。


 式は厳かに進み、教会の司教様が二人に誓いの言葉を求めます。

 これは俺が教えた日本式の結婚の流れです。

 司教様も気に入ってくれたようで、一言一句間違えないように今日まで練習してきたと、準備中の俺に教えてくれました。


「新郎ジーク。あなたは病めるときも健やかなるときも、新婦ヘンリエッタを支え、愛することを誓いますか?」


「はい、誓います」


「新婦ヘンリエッタ。あなたは病めるときも健やかなるときも、新郎ジークを支え、愛することを誓いますか?」


「はい、誓います」


「では、互いに指輪の交換を」


 本当は誓いのキスをさせたかったのですが、それはこの世界ではハレンチだということで却下されました。

 異世界では、人前でのそういった行為はご法度だそうです。


 指輪の交換も無事に終わり、両家の当主からの言葉も終わりました。

 さあ、いよいよお嬢様の出番です。俺も準備に向かうとしましょう。


「ここで、新婦ヘンリエッタ様の妹君であるアンリエッタ様から、お二人のために歌が贈られます」


「あら、アンリったら! 私にも内緒でそんなことを、とても嬉しいわ……」

「彼女の歌声は素晴らしいと聞いているが、僕は初めて聞くね」


 お嬢様に魔法の光が当たり、その姿が照らされます。

 魔道具の拡声器も準備万端、俺も魔法は展開済みです。

 あとはお嬢様からの合図を待つのみです。

 深呼吸、それから視線をこちらに向けて頷いたのが確認できました。

 気持ちを込めて、演奏を始めます。




 穏やかではありますが、厳かで今までの歩みを感じさせるメロディ。

 お嬢様がメロディに乗せて歌い始めます。


 誰にも見せない努力、大変な道のりだが確実に歩んだ。

 何度も諦めかけた夢。そして、乗り越えてたどり着いた今。


 お嬢様のヘンリエッタ様への気持ちが伝わるようです。

 両親と姉に反発して、ワガママ放題だったあのお嬢様が……

 姉に謝り、もう間違えないと泣いたあの日から変わったお嬢様。


 ヘンリエッタ様とジーク様のお二人の付き合いから、婚約が決まり、そして、結婚式まで見守ってきた彼女の気持ちは、俺では決して推し量れないでしょう。


 平坦な道じゃなかったからこそ、応援し続けてきた思いが込められています。

 それはこの式場にいるすべての人に伝わったようです。

 誰もがお嬢様の歌声の余韻に浸り、ヘンリエッタ様はジーク様の肩に顔を埋めて泣いています。

 そのヘンリエッタ様の肩を抱いているジーク様はとても絵になっていました。




 化粧直しも含めて、衣装を変えるためのお色直しに、新郎と新婦はここで一度退席します。

 式場にいる人たちも、立食パーティーに移るために移動し始めました。

 メイドたちが料理を運び、パーティの準備中の話題はお嬢様の歌に関してです。


 辺境伯様もお嬢様の歌声をちゃんと聞くのは初めてだったようで、押しかける客人たちへの対応に困っているようです。

 俺の演奏に関しても聞かれているようですが、魔法での演出とだけ答えてもらっています。


 そんな状態の辺境伯様から離れた位置にいるお嬢様のもとに、変な客人が近づかないようにと、護衛もかねて俺は近くに控えています。

 そんな俺にお嬢様は話しかけます。


「お姉様綺麗だったわねー」

「ええ、お二人とも幸せそうでした」

「私もいつかは結婚するのね……」

「……お嬢様はなぜ、婚約を断っているのですか? たくさん話が来ているとは聞いていますよ?」

「あら、鈍いのね。あなたったら」

「……」


 俺が返答に困っていると、お色直しが終わった新郎と新婦が式場の入り口に現れます。

 新婦の手元には花のブーケがあり、これからブーケトスが始まることが司教様から告げられました。

 周囲の人々は何が始まるのかという顔をしているが、ブーケトスの説明が始まると、未婚の女性たちが新婦のもとに集まって、今か今かとブーケが投げ入れられるのを待っています。


 ――この世界では未婚の女性は必死なのかもしれませんね。


 ブーケを投げるためにヘンリエッタ様が後ろを向き、こちらを見ないようにしてブーケが投げられました。

 投げられたブーケは風にあおられて、離れた位置にいたお嬢様の手元にポトリと落ちました。

 ブーケを受け取ったお嬢様は俺を見て、ニンマリと笑います。


「あらあら、私のもとにブーケが来てしまったわ。どうやら次は私の番のようね?」

「よかったですね、お嬢様」

「でも、不安だわ。これで私につらく当たる人が婚約者になってしまったら……」

「……」

「そのときはどうしましょうね?」


 首をかしげて、俺の顔を覗き込むお嬢様。

 俺はなるべく顔色を変えないようにして、周囲に聞かれないように小声で返します。


「……そんなことになったときは、俺がを攫いますよ」

「あら? じゃあ、その日を楽しみに待ちましょうかね。ふふふっ」


 嬉しそうに、そして楽しそうに笑うお嬢様の顔を俺は直視できませんでした。

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