妖精はよくご存知で

水瀬 由良

妖精はよくご存知で

「おきなさい おきなさい わたしのかわいいじんや」

 変な声がした。

 最近リメイクもされた某有名RPGの主人公はこんな感じだったのだろうか。しかし、俺は勇者でもないし、ここはファンタジーの世界でもなく、王様に会いに行くなんて用事があろうはずもない。いくら16歳の誕生日の朝だからと言って、そんな用事が発生するはずがないのである。

 俺はまだ夢の中にいるんだ。そう結論づけて、俺は声を無視することにした。

「起きろ! せっかくお前らの流儀で起こしてやろうとしたのに無視してんじゃねぇよ!」

 はっきり聞こえたその声に俺は飛び起きざるをえなかった。

 なんだ、なんだ?

 誰か、この部屋にいるのか。首を振って周りを見る。部屋の中には誰もいなかった……、いや、何かが視界の中に入っていた。

「こら! 無視すんな!」


「なんだ? これ」

 嘘偽らざる感想が口から出ていた。顔も人間、体もおそらくほぼ人間。実にファンタジーチックな服装をしていて、羽が生えている。これは翼というより羽だな。透明のセロハンのような背中から出ているものは翼とは言わないだろう。

 サイズは手のひらサイズ。

 俺はこういうのをなんというか知識としては知っているが、理性が答えを出すのを拒否している。

「お前、私に見覚えないの?」

 見覚え? おそらく、これに性別をつけるのなら、女性だけど、誰かに似ている気もする……

「梨乃?」

「ご名答! 私は梨乃についている妖精!」

 俺はいよいよ頭がおかしくなったようだ。よりによって梨乃に似た妖精が近くにいるなんて妄想をするなんて狂っている。目の前の存在を無視して、目を覚ますために、洗面所に顔を洗いに行く。

 何か聞こえている気がするが、それも顔を洗うまでだ。顔を洗って、すっきりすれば、この声も聞こえなくなるはず。冷たい水で顔を洗い、タオルで顔をふく。

 よし、スッキリした。これで……

「だから無視するなって言ってるだろ!」

 ……一人称が私なくせに、言葉遣いはぞんざい。実に梨乃にそっくりだ。

「……本当に、梨乃、西沢梨乃の妖精……なのか?」

「だから、さっきから言っているだろ」

「……えっと、その妖精がどうして、俺のところに?」


「毎日来てたよ。いつもは来てるだけで、声はかけなかったんだけど、今日はなんか声をかけたら届きそうな気がして、話しかけたら届いたんだ。明日からは毎日声をかけるよ。だって、起こしに来たいからね」

 梨乃妖精はちょっと恥ずかしそうに答えた。

 理解が追いつかない。


「で、それで、明日はともかく、お前は今からどうするんだ?」

「梨乃のところに戻るよ」

「よし、分かった。ちょっと待ってろ。俺も一緒に行く」

 宿主の梨乃に文句の一つでも言わないと気がすまない。もしかしたら、何も知らないかもしれないが、それでも説明してみよう。毎朝、これに起こされるなんて考えたくもない話だ。俺の心臓が破裂する。時計を見ると、短針が7のところに届いていない。梨乃もまだ登校していないだろう。

「分かった、仁の言うことなら聞く」

 梨乃と同じ声で、そんなこと言うな。クソッ。いくつ心臓があってももたないぞ、これは。


 俺は急いで準備をする。食事の準備をしていた母さんに一回出て、戻ってくると言って家を出る。

 梨乃の家は、走れば数分のところにある。俺は走った。とにかく梨乃に会わないと話が始まらない。すると、向こうからすさまじい勢いで走ってくるヤツがいる。

 ……梨乃だ。

 実にダイナミックな走りである。高1にして既にバレー部エース。女にして身長175cmを誇り、まだ成長期途上(そう信じたい)な俺よりもずっと高い。なお、ダイナミックなのは身長だけではない。胸部もスポーツ選手のわりには、非常にダイナミックなのだ。幼馴染の俺は周りの男子にすごくうらやましがられたものだ。

 

「おい! 仁! こいつをなんとかしろ!」

 ぶつかりそうな距離まで来て、急ブレーキをかけて、梨乃は自分の顔の横の空間を指している。

 俺には、見えない。見えないが……なんとなくわかってしまった。

「こいつを何とかしてくれれば考える」

 俺は、横にいた梨乃妖精を指さして答えた。

 梨乃は指さしているものがなんだかわかっていないようだったが、どうやら察したようだった。

「もしかして……お前には私のやつが行っているのか?」

 梨乃が指さす。

「その反応、もしかして、そっちには俺のが行っているのか?」

 二人して、顔を見合わせて、天をあおぐ。

 ああ、なんてことだ、何してくれてんだよ。俺の妖精。しかも、俺には見えず、梨乃には見えるって、最悪じゃないか。

「ちなみに、お前の言う妖精はなにかしたのか。『なんとかしろ』って」

 

 俺がそう聞くと、

「えっ、ああっ、でも、見えないし、聞こえないんじゃっ、でも、このままだとっ」

 梨乃があからさまにうろたえる。心なしか顔も赤い気がする。おい、何をした。俺の妖精っ。変なことしていないだろうなぁ。


「ああ、仁の妖精がうちの梨乃にいろいろ小言を言ってたみたい。なんかちゃんとしろよ的な。『服装とか着崩すな』とか、『梨乃は魅力的だから無防備だと困る』的なこととか。梨乃は最初はうるさいなって思ってたみたいだけど、『だって、俺の宿主はいっつも梨乃のこと心配してるから仕方ない』って言っちゃったみたいでさ」

 妖精同士は会話ができるのか……って、おおおおおおおいぃぃぃぃ! なに言ってんだよ。俺の妖精ぃぃぃ!!! いや、梨乃にそんなこと言うなよ! 


「ちなみに、妖精っていうのは、本音駄々洩れだから。仁の本音が梨乃に伝わってよかったな」


 梨乃妖精が解説する。分かってるよ! そんなことっ! 俺が梨乃に思っていることだって!

 俺が悶絶していると、今度は梨乃が

「お、お前こそっ、妖精がなんかしたんじゃないか?」

 と聞いてきた。


「ああ、ちょっと、起き抜けに……」

 と答えようとして、ちょっと待て、今の話を総合すると? もしかして、梨乃は俺を起こしに来たかった? 幼馴染が起こしてくれるとかいうシチュエーションを逆に梨乃がやりたかった?


「あああああああぁぁぁぁ」

 梨乃が大きな声で悶絶しだした。

 あ、これ、梨乃妖精がやったことを俺の妖精から聞いたな。そんで、それがどういう意味を持つのかも。


 梨乃は俺の胸倉をつかみ、顔をドアップにして、すごんできた。

「いいか、忘れろ。今朝のこと、忘れろ」

 近い、近すぎて胸が、胸があたってる。ここまでされて忘れられるわけないだろっ! 逆効果だよっ! 


「落ち着け、落ち着いてくれ。死ぬっ」

 俺は胸倉をつかんでいる梨乃の手をタップした。しかし、全然力が抜けない。このままでは……

 しかし、梨乃は俺の妖精に何かを言われたようだ。手から力がぬけて、余計に赤くなってうつむいた。


「と、とりあえず、今日はお互いには見えないけど、それぞれの妖精を交換して帰ろう」

 俺はそう促した。


 梨乃は魂が抜かれたような顔をして、

「そう、そうだな。お互い、ちょっと、今後のことは、学校が終わってからでも話そう」


 俺たちは反対方向に歩き出した。

 梨乃妖精が手を振ってバイバイをしていた。

 

「妖精ってねー、その宿主のこと、なんでも知ってるから、なんでも答えてあげられるよー!」

 

 最後にすごい爆弾を残しつつ。……同じことを言ってくれるなよ、俺妖精。

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