妖精の取り替え子

石田空

才女は人間じゃない疑惑

 生まれたときから、この国の一般的な髪色である、栗色とも金髪とも違う髪の色をしていた。新緑色の髪は、風が吹くと深緑にも銀色にも見えるというオーロラのように見え方の変わる髪色で、エイブリルは幼い頃からその髪色が嫌で嫌でたまらず、とうとう洗髪剤を使って髪を黒に染め上げてしまったが。彼女の目の色は変えようもなかったのだ。

 彼女の瞳はオパール色で、これまた両親の琥珀色ともエメラルド色とも違う色をしていた。光の加減に寄って金色にも緑にも見える目で、周りは「綺麗ね」と褒めそやす一方、「彼女は妖精の取り替え子なんじゃ?」という噂がついて回っていた。

 妖精の取り替え子。妖精は気まぐれに子供を欲し、人間の子供と妖精の子供を取り替えてしまうと言われている逸話だが、その取り替えられた妖精のほとんどは、悲惨な最期を遂げているという。

 魔法の力を悪用して人間を魅了し、妖精に愛された人間の人生をボロボロにしてしまうとか。妖精の力に怒った魔女により石化させられてしまうとか。はたまたその美貌で人を堕落させてしまうとか、それは好き勝手に言われ続けていた。

 エイブリルは最初は「人はいい加減なことしか言わない」と辟易していた。両親はあまりに善良な人々であり、娘の陰口にたびたび抗議をしていたため、よくも悪くもエイブリルの自尊心を損ねることはなかったのだが。

 だが、彼女がおかしいと思ったのは、学校の遠足に行ったときのことだった。


「【この森入るべからず。ここから先は妖精の領域】ですって」

「え? なにを読んだの?」

「なにって……そこの洞窟に削られている文字」

「ええ……? これ文字なの?」


 森のピクニックで、皆でめいめい持ってきたおやつを食べて探検に勤しんでいたとき、たまたま見つけた洞窟に書かれた文字を、エイブリルは読み取ってしまったのだ。だが友達は誰ひとり読めなかった。

 引率者であった先生は驚き、彼女に専門家を紹介したら、専門家は彼女が読み取った文字を見て腰を抜かしてしまった。


「これは……文献が行方不明になってしまって、未だに解読が半分以上進んでない古代文字だというのに! 君は絶対に魔法を習いなさい!」


 文字が存在しない文明の中に突然湧いた古代文字のため、解読方法を探すのが困難を極めていたのだが、うっかりとエイブリルが読み解いてしまったことで、ますます彼女の妖精疑惑が深まってしまったのだった。

 こうして、エイブリルは魔法学園の扉を叩くことになってしまった。

 彼女は魔法をスポンジのように吸収していき、それを覚えることに恐怖した。いつか自分は魔法を悪用して、誰かを傷付けるんじゃないか。自分は魔法で誰かを魅了してコントロールするんじゃないか。

 彼女は恐怖のあまりに、自分自身を洗脳する魔法の研究まではじめた。自分自身をマインドコントロールすることで、万が一暴走しそうになったとき、それを防げないかと思いつめたのだ。

 ところが。彼女のことをあっさりと否定する人が現れたのだ。

 妖精に関しては、どの魔法学園でも調査を進めているものの、いかんせん彼らの生態は謎が多い。主に異界に住んでいるため、彼らの影を呼び出して使役することはできても、誰も妖精をまるごと捕まえて調査することはできなかったのだ。

 エイブリルが妖精の取り替え子がたびたび起こす暴走をマインドコントロールで押し留めようとする研究をはじめたのに興味を持った他校の教授が現れたのだ。


「君の論文を読ませてもらったけれど、細かいね。妖精の取り替え子の暴走を未然に防ごうというのは、一般人の心理療法としては使われているものの、それを妖精の取り替え子にも当てはめようという発想はなかなかなかった」

「いえ……」

「もしかして、君は自分自身が妖精の取り替え子だと、そう思い込んでないかい?」

「……っ、どうしてそれを」

「髪の色や目の色が原因で、思いつめてしまう年若い子を大勢見てきたからねえ、これでも。特に魔法の才能が豊か過ぎる子は、自分が妖精だから魔法が使えるのではと思いつめてしまうことが。だがねえ、妖精の取り替え子は、人が思っている以上に、人間の感性からずれている。自他境界線ってものが、彼らにはない。彼らは本能の赴くままに行動するから、自分と他人は違うって発想がそもそも出てこないのさ。所謂、人の嫌がることをしてはいけないってことを、妖精は理解できない」

「……で、ですが、そんなことない妖精だっているかも」

「いないね。それはこちらも長年研究した結果わかったことだけれど。彼らは人を誘惑する術として、美しい造形や人間の言葉を紡ぐが、人間を思いやることをした例は、本当に一例もない。人間に対して優しいのは、それは人間に対する所有欲から来るものであって、間違っても思いやりではない。人間と妖精は根本的に違うものと思わないとやっていられないんだ」

「……だったら、私は」

「君は妖精の取り替え子じゃないかと思いつめ、傷付き、どうにかして傷付ける方法を防ごうとしている。そんなこと考えるのは、もう人間だって証左さ。自信を持っていい」


 その言葉を聞いた途端、エイブリルはポロッと涙を溢した。

 教授は優しくエイブリルに告げた。


「君はそんな妖精の取り替え子疑惑を持たれている子たちを癒やす研究をこれからも続けなさい。それで救われる子たちがいくらでもいるよ」


 それに彼女は頷いた。

 妖精の取り替え子。その不幸が尾ひれを付いて回り、偏見で傷付けられる子たちは後を絶たない。そんな彼女たちに寄り添う優しい魔女が、【オーロラの優しい魔女】として知れ渡るようになるのは、これから三年も経たない頃の話だ。


<了>

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妖精の取り替え子 石田空 @soraisida

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