第16話 3ー③
ソールもそうだが、神獣のなかでもっとも長く生きているボヌムでさえ、転生することを条件としての希望を告げた人間の話など聞いたことがない。
地球の人間たちは、なぜか異世界に転生することを拒否しない。理由は知らないが、未知の世界へ飛ばされることに抵抗がないらしい。
それどころか転生したときに「無敵のチートスキルを付与してくれ」だとか、「魔力量を世界最高にしろ」などと注文をつけた者が数多存在したと聞いている。
転生そのものを断った者は、ソールが聞くかぎり初めてだった。
《おい、ボヌム……》
《待ってくれ、ソール。まずはお話を伺おう。僕も判断ができない》
振り返りもせずにソールが心のなかで語りかけると、ボヌムも創造神たちに視線を置いたままゆっくりと首を横に振った。
「カコウ様、その転生者とお約束した内容をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
もう一度「うむ」と答えて、カコウが一口茶を飲んだ。
カコウはグラスをテーブルへ置いてから、タイコウとエンテイの顔を交互に見て、互いの意思を確認するかのようにうなずきあった。
「オパルス連邦王国の第一王女の肉体に宿り、女王に即位して国を守り、世継ぎを生むこと。さすれば元の世界へ生き返らせよう、とな」
「つまり……。今回はすでにある程度成長している女性の肉体へ魂をお入れになった……と?」
(え……? オパルスの第一王女はもともとアンティークゥムの住人だろ? その女の体に転生者の魂を強引に結びつけたってことか?)
確かにこの世界の法則でもある創造神たちであれば、そのような無理も押し通せる。しかしそれは、今までにない転生のさせ方だった。しかも、
「生き返らせてやるって……マジで仰ったんスか? それも元の世界へ?」
思わず、疑問が素直に口を突いて出た。驚愕が上回ったこともあり言葉遣いがおかしくなっていたのだが、ソールは気づけていない。
カコウはそんなソールに嫌悪する素振りなど露ほども見せず、素直にうなずく。
代わりに口を開いたのはタイコウだった。
「実はね、ソール。ボヌムも、皆も聞いて欲しい。きみたちには内緒にしていたのだが、オパルス連邦王国の第一王女への転生に関して、私たちはすでに何十名も異世界人を転生させていたのだ」
「うむ! 死亡時に魂を入れ替えるようにしていたのだが、どう努力させても転生者が殺害されてしまうのだ! また転生させる者の性格によっては王女の肉体に悲観して自死した者もいた!」
「荒っぽい手段ではあったが、二度ほど王女が生まれ落ちる前から魂を宿らせてもみた。もしくは王族ではなく、血が近しい者の子として生まれ変わらせてもみたのじゃ。しかし、やはり我らとてこの世の理を崩すことは難しいな。今度は王女が育たずに死亡した」
エンテイ、カコウの言葉にうなずいて同意し、タイコウがさらに言葉を紡ぐ。
「だから、ほんの少し理と歴史に手を加え、そのたびに時間を戻させてもらった」
「嘘だろ……」
生き抜き、王位を継ぐはずの王女が幼少時に亡くなっては歴史が変化する。
それはオパルス連邦王国だけでなく、下手をすればアンティークゥムという世界そのものの崩壊にも繋がりかねない。さらには改変を行うたびに、時間を巻き戻したり理を覆したりして、世界の均衡を保ち強引に時系列を整えている。
おそらく神獣の誰一人として、この変化に気づいていなかったはずだし、ソールも例外ではなかった。
ソールもボヌムも創造神たちの桁違いの能力に改めて驚かされた。
『世界の理』など、神獣はもとより創造神たちが生み出した神々でさえ触れない。
そのような不可侵を、彼らはいとも簡単に壊すのだ。
そしてさらに驚くべきは、それほどの力を持つ創造神たちが、そこまでしても覆せない状況となっている事実だった。
つまり、人類滅亡のカウントダウンは始まっているということなのだろう。そして、それを覆すための可能性を秘めているのが、その転生者なのだ。
「失礼を承知でお尋ねいたしますが、第一王女の魂を戻すことに失敗した……というわけではありませんよね?」
ボヌムは恐れずに問いかける。返答などわかっていたが、それでも一応尋ねておく必要があると判断したのだろう。
タイコウはそれを承知のうえで大きくうなずいた。
「本人の意思を尊重した結果だよ」
「わかりました」
ボヌムが即座に理解の意思を示した。
あの短い返答で即理解できるあたり、さすが神獣が初めて創造神により生み落とされてから今まで、代替りもせずに生き抜いてきただけのことはある。
《つまり、第一王女はクソガキみてぇに駄々こねて泣いたってことだろ?》
ソールが
その声を聞いたボヌムが苦笑をもらす。
そもそもタイコウの声を聞いても嫌がるのであれば、それは本物の拒絶だ。
人間が創造神たちに勝てるものがあるとすれば、それは心。創造神たちが創り与えた心の奥底にある魂の叫び――本音のみかもしれない。
(性格をありえないほど変化させて無理やり戻すっていう方法もあるが、それじゃあ周囲がついていかねぇだろうし、なにより……)
創造神たちは、そういう強引な手段は選ばない。あくまで人間の意思を尊重し、決断する。
それがこの世界を創造した神々だ。
ソールが考えを改めている間に、ボヌムが「そうだね」とつぶやいた。
《オパルスの第一王女は臆病者で有名だったからね。第一位にある王位継承権の重圧に負けたんだろう。今日会いに行った僕の友人もその点を憂慮していたくらいだから、ありえない話ではない》
脳内では神獣仲間が《ありえるわね》とか《なるほど》とか、なかには《それ、失敗って言わなくない?》などと失礼なことを言う者もいたが、寛大な創造神たちはおそらく気にしない。
現に神獣たちの心が覗ける創造神たちは皆微笑んでいる。
「そうなんだ。本人もダメ、転生者もダメではさすがに私たちも途方に暮れてしまってね。そんなとき、カコウがもう一度だけ試してみたいと提案してくれた」
「それが今回の転生者ですか? いったい、どんな女なんですか?」
「そうじゃのぅ……。
「いや、性格ではなくて……」
女とは思えない褒め言葉だなという言葉を飲み込み、ソールは額を指でかいた。
するとカコウは視線をテーブルに落とした。そうして短い時間で考えてから、改めてソールとボヌムを見上げる。
「絶対に死なせられぬ者……とだけ、今は答えておこうか」
その返答を耳にしたとたん、隣に立つボヌムが険しい表情となった。
「もしかして、転生の『前倒し』をなさったのですか?」
この世界に人類が創られた頃から神獣として生きてきたボヌムは、創造神たちがなにを行ったのか、積み重ねた経験から即座に理解したらしい。
だがソールには、言葉の意味がわからなかった。仲間たちも知らなかったようで、頭のなかが彼らの口から漏れた言葉でざわついている。
「前倒し……って、なんだよ?」
転生者は全員、この世界を栄えさせるために呼び出された異世界の人間だ。
その都度、その時代に合った者を呼び寄せ、こちらの人間として生まれ変わらせる。もちろん、両親ともに存在する。魂は異世界人でも、アンティークゥムの人間として生を受けるのだ。
それがアンティークゥムにおける異世界転生の法則で、その前倒しなど意味がわからない。
しかしボヌムは、それ以外の方法を知っているようだった。
「創造神様方はこの世界を発展させるため、転生に法則を作り、そして、誰をどの時代に呼び寄せるのか、それを事前に組み立てていらっしゃるんだ」
「え? それって、つまり……」
「そう。転生させる者のほとんどは、この世界が生まれたときにだいたい決定されているんだよ。一部例外もあるけれどね」
「マジか……」
「僕が最初に見たのは九千年ほど前だけれど、千八百年ほど前にもタイコウ様が転生の前倒しをしておられるんだ。きみも見たことがある人物だよ」
「誰だよ?」
「祖王ウェイン。ウェイン・ベネディクト・グローリオースス」
オパルス連邦王国の初代国王の名を耳にしたとき、ソールは弾かれたように顔を上げボヌムのほうに振り向いた。
「そういえば、ウェインの世話役はおまえだったな、ボヌム」
「まぁ、僕は説明がなくても創造神様方の事情をだいたい予想できたからね」
なるほど、とソールはうなずく。とはいえ今も昔も、前倒しをする事情がソールにはわからない。ゆえにソールはタイコウへ視線を戻した。
質問するかのようなソールの視線を受け、タイコウがゆっくりとうなずく。
「あの頃はまだ人間が死にやすかったこともあって、転生者の父となるウェインがどう保護しても即位前に死亡してしまってね。このままでは歴史が滞ったままになると考え、死亡したウェインに転生者の魂を結びつけた」
「そしてボヌムの考えておるとおり、わらわはオパルス連邦王国の第一王女が産む予定の転生者の魂を、第一王女の肉体へ入れた」
「だから、前倒し……か」
納得したものの、ソールには解せない部分もある。
そこまでして、人類を守る必要があるのかという点だ。
そんなソールの考えを知ってか知らずか。いや、おそらく無視してボヌムが創造神たちとの会話を詰めてゆく。
「では、第一王女を死なせられない……ということですか。その先のことも、すでに手を打っておられるということですね?」
「ボヌム。おまえがこの世界に長らく残ってくれていること、心から嬉しく思っている。本当に助かっているよ」
そう言って、タイコウが優しげな顔で微笑んだ。
「それでも、その王女が死亡した場合はどうなさいますか?」
ボヌムは冷静に次を問う。確かに、第一王女が死亡すればすべてが終わる。
「そのときは終焉を待とう。私たちとしても、非常に残念な話ではあるがね」
ボヌムの問いにタイコウが静かに答えた。カコウ、エンテイもただうなずいて同意する。
(それでも……トコトンまで守ろうって考えてんだろうな)
口ではあぁ言っているが、おそらく創造神たちは諦めるつもりはない。
最終的に諦めるのは、考えうる限りの対抗策を出し尽くしたときだろうということは、わざわざ質問しなくてもこれまでの言動でわかる。
(まさかとは思うが……)
「そこでじゃ、ソールよ」
グラスをテーブルに置いたカコウが、そう言って赤い唇に弧を描く。
「そなた、ボヌムを補佐役としてその者の護衛をしてくれぬか」
(……あぁ、くそ。やっぱ、そうくるか……っていうか、俺かよ)
ボヌムが呼び戻されたのだし、問題が大きいことから、神獣仲間のなかでも最年長のボヌムが中心となると思っていたのだが、読みが浅かった。
まさか自分を選ぶとは……
「俺たち神獣が人間を守るのは、創造神様方がお決めになった
「此度の一件に関してのみ、特例として処理いたす。ゆえに問題ない」
創造神たちは今回にかぎり、ルール無視をするつもりのようだ。
「俺の転生者に対する仕事ぶりはご存じですよね?」
「うむ! すべて承知している!」
「だったら……」
「いや、だからこそ、おまえに頼むのじゃ」
「なぜですか? どっかで放り投げて逃げるかもしれませんよ?」
「いいや、ソール。きみは逃げない。……絶対に」
耳に優しい音楽のような声音で断言し、タイコウは微笑んだ。
その笑顔はすべてを見透かしているようで――いや、実際に見透かしているのだろう。
ソールの思いも未来も、ボヌムの未来も、その転生者の未来すらも……すべて。
そう、すべてだ。
ここにおわす三柱の神々はなにもかも承知のうえで、命じるのではなく、ソールとボヌムに頼んでいる。
(いっそ命令してくれりゃ、楽なのにな)
命令は楽だ。
なにも考えずに行動できる。全責任を創造神たちへ押しつけ、ただ従うだけでいい。
それは前世の職業と似ている。
とはいえ神獣たちも転生者であり、また創造神たちが創り出した者たちでもあるから、創造神たちは神獣たちの意思を尊重するかのごとく最終的な決断を神獣自身へ委ねる。もちろん、拒否は可能だ。
しかしそれは同時に、この異世界を守護する者としての意思を問うてもいるということでもある。
この決断によって神獣の地位から降ろされるとか、この世界から抹消されるということはない。
そもそも神獣の誰一人として、『創造神の使徒』という重苦しくご大層な役割に挟持を抱いていないし、その強大な能力にも立場にも執着していない。
おそらくほとんどの者は転生時に説明を受けたとき、「おもしろそう」という好奇心から引き受けている。ソールもその一人だ。
だが、いったん役割を引き受けたからには責任は感じている。だから依頼だとしても拒否すれば後ろめたさは背負う。
そして創造神たちは――そんなソールたち神獣の本音を見抜いている。
もしかしたらソールが知らない無意識下の思考まで、見透かされているのかもしれない。
しかしだからこそ、あえて命令せずに希望を示すのだ。
ソールたちの意思を――神獣であり続けるという意思を再確認するために。
「これは私たち三兄妹の意思として受け取ってくれないか。きみとボヌムがもっとも適任だ」
「……承知しました」
あぁ、もう無理だな。断れない。
そう結論を得たソールは、短く答えて逃げるように視線を斜め下へ落とした。
「ボヌムも、ソールを支えてやってくれ」
「ご下命、賜りました」
そんなソールの隣で、ボヌムも創造神たちの願いに従う意思を見せ、胸に手を当てて深く低頭した。
神獣は創造神の使徒。
逆らうことが許されないわけではないが――創造神に逆らう者など、一人としていない。
それは恐怖からではなく、無駄だと知っているからだ。
前世がアラフィフ刑事の愛され女王は早く元の世界に帰りたい お遍路猫@ @pilgrimagecat7800
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