第5話 興味


 連続で続く授業を二つ終えて、リヒュエラたち四人は親睦を深めるべく昼食が振舞われる食堂へと足を向けた。最初ながら濃密な時間を共有した四人は確かな親近感を抱いていたのは、ウェストリアの間違いではないはずだ。

 解放されている食堂は聖父神への祈りをささげる講堂と兼用。瀟洒な石造りの彫り物が多く飾られた講堂には石造の有翼人像がちらほらと祀られている。そこかしこの石造から視線を感じるのは、講堂を汚すものを襲うゴーレムの視線だろう。世にありふれた建築物の守護者だが、たとえ学生でも不届き者に対しては容赦ない。

 「はー、くったくた。すでに身についてる知識も多いとはいえ、二時間ぶっ通しの授業を二連続はさすがに身に堪えるわよ……」

 不平を言いつつ配膳された食事に手を伸ばすギミー。彼女の言葉に同意こそすれ、不平は口に出せないバルドーは苦笑いで手元のパンを小さく千切って口に放り込んだ。

 「そう毒を盛らすなギミー嬢。それに先輩たちをご覧あれ、誰も彼もが課題を片手にながら食事と勤しんでおられる。俺たちも勤勉を身に着け、いずれはああなる宿命さ」

 バルドーの言葉にリヒュエラも周囲を見渡す、確かに先輩の腕章を付けた学生は、みな何らかの書物を片手にパンを千切りもせず齧り付いている。見た目の美しさや礼節ををかなぐり捨ててでも、世の理や珍奇の真贋を明かそうという先輩たちを見習いたい所存。

 だがしかし。リヒュエラもさすがに合計四時間の勉労は些か体が強張った。最初の四時間ということもあり精神的疲労も幾分か濃い。リヒュエラも両肩を順番に回しつつ、隣に座ってパンを小さな口でかじっているウェストリアに視線を投げた。リヒュエラの視線に気が付いたのだろう、ウェストリアがパンとスープからリヒュエラへと視線を上げる。

 「ウェストリア、一限目はすまなかった。すこし、いやかなり無配慮だった」

 リヒュエラがウェストリアの尖った耳に口元を寄せ、静かで小さな声で謝罪する。ウェストリアはリヒュエラの謝罪に目を閉じ、しばしの間パンを咀嚼していた。身を離したリヒュエラにやがて彼女は伏し目がちに視線を向け、小さく確かに頷き返す。

 筆談用に手元に用意していたノートに小さく、豆のような小ささの文字でリヒュエラの謝罪に返答を返す。彼女の文字には、再び無関心という感情が宿っていた。それでも無機質な諦観が薄れて見えたのは、リヒュエラの気のせいではないだろう。

 《私なら気にしないで。それに、ここはああいう場所でしょ?私も特段苦労はしていないから、これからは庇ってくれなくていいわよ》

 いつも通りの言葉、いつも通りの無関心。ウェストリアの変わらぬ無情が、未だ筆のそこかしこに残っているのをリヒュエラは読みとってしまう。

  だがそこに、最初の頃感じた無気力感や諦観の止め跳ねは見受けられない。ウェストリアなりの平常を装いつつもやはり、真贋大学校の異常な雰囲気に新鮮なものを感じているのかもしれない。

 感情を動かされれば自然と負の感情を忘れるものだ。あるいはこの推察がリヒュエラの勘違いだったとしても、どこか穏やかに食事に勤しむウェストリアがいるならばそれでいい。

 リヒュエラは心の中に微笑みを残し、小さく千切ったパンを口に放り込み嚥下した。今度はウェストリアに気づかれまいと、顔色に最新の注意を払って平静を装いつつ。

 「そういえば、だ。次の授業は真贋師戦闘術初歩だったな?リヒュエラは俺がよく揉んでいるから大丈夫だろうが、女史方々の準備はよろしいのか?」

 バルドーが食器に残った豆を丁寧にフォークでスプーンへと掬いつつ全員に声をかける。丁寧な食事を心がけているバルドーらしい所作だが、その豆がころころと皿の上を転がり続けていることへの言及はしないでおく。

 「え、えと。私は大丈夫かな。はは……」

 「ぐぁうか」

 ギミーはバルドーの丁寧な無作法に眉をしかめつつも笑い、まったく気にしていないウェストリアは相変わらず肯定とも否定とも取れない声を上げる。

 だが返事だけ聞ければバルドーは満足だったようで。大仰に頷いたバルドーはついで、豆と格闘することを止めフォークだけで無造作に突き刺し始めた。

 「よかろう。この大学校では無差別無階級が是と聞く。もし執拗に格闘術を振るわれたら行ってくれたまえ。リヒュエラがすっ飛んで伸してくれるからな」

 「なんで俺が?」

 「おや、俺より喧嘩早いのはリヒュエラ、君の性分だろうに」

 「まぁ、そうともいえるが……」

 悪友に痛いところを突かれたリヒュエラはあいまいに肯定するほか濁す方法がなかった。己の過去を話すこと自体が初めてなのに、最初から喧嘩だの人を伸すだの話題でいいのだろうか。

 疑問を持って女性陣の反応を待ったリヒュエラだったが、バルドーからの告げ口にウェストリアが興味深そうにリヒュエラの顔を覗き、ギミーも苦笑しつつ関心を持ってリヒュエラに顔を向ける。

 なぜ「喧嘩早い」という単語で女性陣がここまで食いついてくるのかが理解できないが、リヒュエラは咳払いして過去の「悪行」を掻い摘んで話しておく。彼のフォークがからんと、陶器のボウルの中で半回転した。

 「バルドーは貴族の次男坊だからな、こいつが喧嘩すると後々の体裁が悪い。だから俺が代理で、喧嘩を売ってきてたやつを伸して回ってたんだ」

 「おかげで地元ではバルドーの影だの、次男坊の右拳だの、挙句の果てには真贋のための決闘師だの、散々な綽名を拝借していてな。何度リヒュエラの父君に本物の右拳を喰らったことか。ま、リヒュエラのお陰で地元じゃ負け知らずを堂々と名乗れたが」

 「おい、そこまで話すことないだろ……たく。ともあれ毎回喧嘩を買ってくるのはバルドーで、俺を唆すのもバルドーだったんだからな?俺はその……一つの手で数えられるぐらいしか買ってきてないからな!」 

 「おや、一つの手で済むぐらいだったか?マゼリーアの牛泥棒はお前が持ってきた案件だろうに」

 「あれはお前の兄が勝手に始めた喧嘩だろ!……いや、どうたったっけか?あーもうどうでもいい、それも数えるならば確かに二つの手が必要だ!」

 喧々囂々、リヒュエラはバルドーの止まらない告げ口に辟易しつつ、存外楽しそうに話を聞いているウェストリアとギミーを見比べた。ウェストリアは意外なものを見る目でリヒュエラに笑顔を向け、ギミーは興味というより好奇を覗かせてリヒュエラの視線を迎え入れる。

 そして何を思いついたか、おもむろにウェストリアがペンを取りリヒュエラにメモを見せる。そこには確かにはっきりとした文字で、「お誘い」が書かれていた。

 

《じゃあ、次の授業で私と組み合いましょ?そんなに強いなら、私も戦って見たい》


 「えっとぉ……いいのか?俺自身が言うと嫌味に聞こえるが、俺は強いぞ?」

 ウェストリアがどのような印象を今の話で持ったかはわからないが、大いに彼女の興奮を買う内容だったのは間違いないだろう。リヒュエラの忠告に彼女が初めて不敵に微笑を浮かべる。

 期待に目が輝く彼女を見るのは今日が初めて、つまり会ってからこのかたここまで興奮したウェストリアを見たことがない。リヒュエラは彼女という存在の一端に触れて、確かに内容を脳に刻みつつ補足を繰り返した。

 「それに、ウェストリアは杖を持ってない。ならまず、鑑定杖の使い方を学ぶ方がいいんじゃないか?」

 鑑定杖。鑑定士が持ち歩く大小から長さ太さまで様々種類がある杖だ。基本的に魔力を通しやすい金属製でできていて、標術ルーニックを用いた鑑定の補助から護身戦闘まで、鑑定士の十徳道具として重宝する。これがなければ真贋師の戦闘術は始まらないとまで言われるほどの基本的な道具だが、当然ウェストリアはそのたぐいを持ち合わせていない。

 だが話を黙って聞いて居たギミーが爛々と輝かせた瞳のまま、思い切りよく手を上げた。ギミーの勢いに驚いたリヒュエラとウェストリアが彼女を見る、標術ルーニックに魅入られたものとは思えないほど好戦的な目をしたギミーが不敵な笑みをしてウェストリアに右手を突き出した。

 「私の!使っていいよ!短杖、剣杖、長杖、全部あるから!」

 「……へ?」

 正気か?リヒュエラはギミーがすべての種類を持ち合わせていることに驚いたがそれより、引っ込み思案な印象を受けたギミーの面影が今の彼女に全くない事にも驚いていた。

 ウェストリアがギミーと視線を絡ませる。何事か思うところがあるのか、彼女はペンを持ったままそのペンで文字を走らせることはない。だがすぐに吐息を履いて柔和に微笑み直し、ギミーの突きだされた右手を優しく握った。賛意と受け取ったギミーがウェストリアの手を引っ張り、半ば無理やり立たせて歩き出す。 

 少し痛そうに顔をしかめたウェストリアを見てハッとしたギミーが、咳払いをしつつ彼女の右手を左手でさすった。

 「ごめん、いたかったわね。それじゃ、私の部屋にいきましょうか。ほら、いこ?」

 「お、おい!」

 強引になったギミーに驚きリヒュエラが思わず抗議の声を上げそうになるが、ウェストリアが歩きつつひらひらと、後ろ手に左手を振って見せた。「大丈夫」「お構いなし」ということだろう、振り返りもしないウェストリアの合図にリヒュエラは浮かしかけた腰を再び丸椅子に押し付ける。

 今は彼女を信じるしかないが、こと標術ルーニックが関わるとギミーはどうも暴走気味に見えてならなかった。

 「ははは、なかなかにウェストリア嬢を気に入っているな?」

 「まぁな。俺の鑑定物だし、何かあった時が一番怖い」

 リヒュエラのぶすっとした返事にバルドーがどう思ったのかはわからなかった。だがバルドーは思い出したように、リヒュエラに大事なことを付け加える。

 「そうそう。鑑定物と一フロア以上離れたところを教師に見つかると即落第だそうだぞ?」

 「それを……はやくっ、いえっばかっ!」

 落ち着けかけた腰を慌てて浮かし、リヒュエラが必死の形相で二人の背中を追う。リヒュエラの滑稽なる慌て姿をバルドーは笑いながら見送り、彼だけ最後の食事に向き直って残った小さき豆にフォークを突き立てていく。

 だが最後の豆を何とか潰しつつ口に運んだバルドーの耳に、聞き捨てならない会話が飛び込み。

 いつもは朗らかな笑顔を浮かべる彼の顔が疑念と驚愕に染まった。


 「おい聞いたか、真銀の真贋鑑定を終わらせた最上級生」

 「ああ、彼女がどうかしたか?」

 「死んだみたいだぞ。変死だってさ」

 「お、おい……まじかよ。先週まであんな元気そうだったのに?」

 「ああ。嫌な学校に入学しちまったな……」

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真贋師リヒュエラ 初年度編 ~真銀を宣うもの~ 華や式人 @idkwir419202

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