『妖精』を守護る男女の本音は恥ずかしい
日諸 畔(ひもろ ほとり)
意外な事実
春が来て、四月になって、中学三年生になって一週間くらい。
選択の期限まで、約一ヶ月。とりあえず一次希望は提出したものの、決心まではできていない。
暖かい日差しが降り注ぐ昼休み。新しいクラスに何となく馴染めなくて、声をかけてくれたクラスメイトに手を振り教室から抜け出してみた。いつものベンチから見上げる空は、青かった。
「あー」
大好きな二人とは別クラスになってしまったことを、長々と引きずって落ち込んでいるのだ。
「お、いたいた」
「ねー、やっぱりここでしょ」
声のした方を振り向く。日に焼けた男の子と、ポニーテールの女の子。小学生の頃から友達の、
「どうしたの?」
緩む頬を抑えつつ、何気ない風を装う。寂しくしてたなんて気付かれたら恥ずかしいのだ。
「
ぶっきらぼうな言い方でも、芳人の優しさは隠せない。
「そー、亜紀の教室迎えに行ってもいなかったから、探してたの」
沙知がにっこり笑う。
「そっか、ありがと」
「お、おう」
「ふふ」
恥ずかしさを堪えつつ、素直にお礼を告げた。
二人そのままベンチに座る。いつもの事なのに、胸が高鳴った。
「そうだ、聞きたいことがあったんだ」
「なーに?」
「なんだ?」
新しいクラスで言われた不思議なこと。もしかしたら、二人ならわかるかもしれない。
「同じクラスの子にさ『妖精さん』って言われたんだけど、なんだろう?」
「な……」
「えっ……」
大切な友達は、揃って絶句する。そして、芳人は頭を抱え、沙知は両手で顔を覆った。
「ええと、変なこと言った?」
いつもとは全然違う雰囲気に、とても怖くなる。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
「いや、亜紀はなんも悪くねぇ」
「むしろ、隠してた私たちが悪いね」
「え? え?」
両隣に座った二人が目配せのようなものをして、こちらを見つめた。真剣な視線には、どうしても照れてしまう。
「亜紀、あなたね、とってもモテるの」
「そう、男からも女からも人気があってな」
「んん?」
「女の子からは、ボーイッシュでかっこいいって」
「男からはな、スラッとしててかわいいって」
「んんんん?」
困惑で言葉が出ないのをよそに、二人は声を揃えて『まさに妖精』と口にした。
「ごめんね。いままで私と芳人でそれを隠してたんだ」
「もっと早く言うべきだった。ごめんな」
「ええと……なぜ?」
それは、ふたつの意味を持った質問だった。
なぜ、こんなにも中途半端な人間がモテるのか。
なぜ、二人はそれを隠していたのか。
仲間外れは、悲しい。
「あのね、意地悪してたんじゃなくてね、逆なんだよ」
「そう、逆」
「逆って?」
慌てた様子で、二人は説明を始める。
「えっと、俺と沙知で決めたんだよ。亜紀を
「他の子に言われて、亜紀が決めちゃわないようにって」
「決めちゃう?」
何かを伝えたがってるのはわかる。でも、それが何なのか、さっぱりわからなかった。
「例えば男の子が亜紀ことを好きだったとするじゃない? そうしたら、きっと女の子になることを勧めると思うんだよ」
「で、亜紀は優しいから、自分の考えより、その相手の気持ちを優先しちゃわないかって」
十四歳の春、自分の性別を自分で選べる社会。選べてしまう社会。
ジェンダー論と生物化学の行き着く先は、選択を個人に委ねる。
よくやく二人の言いたいことがわかってきた。誰かにそそのかされて、自分の未来を決めてしまわないように、守ってくれていたみたいだ。
そうなると、ひとつ疑問が湧く。
つい先月、一次希望を出す際のことだ。芳人は男になってほしいと言ったし、沙知は女になってほしいと言った。
あの時、ジャンケンで勝った沙知に従い、とりあえずは女で希望を出している。
「じゃあ、二人はいいの?」
「あ、う……」
「ええと、ね……」
二人が自分を気にかけてくれていたのは、素直に嬉しい。でも、その理由がわからないのは、とても気持ち悪い。
「わかった、言うぞ」
「うん、言っちゃおう」
大好きな二人は、同時に口を開いた。
そして、
「亜紀が好きだから」
「亜紀が好きなんだよ」
と、告げた。
『妖精』を守護る男女の本音は恥ずかしい 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
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