妖精の名のもとに
ろくろわ
イタズラな妖精
幼い頃から妖精を身近に感じたのは、きっと母の影響だろう。僕は父親というものを知らずに育ってきた。母一人、子一人。二人だけの家族。頼れるのは母だけで、それ以外の
僕は物心つく前から身体が弱く、そして怪我もよくしていた。僕はよく泣き、何度も病院の世話になった。そんな僕の辛さが少しでも紛れるようにと、母が話してくれたのが「辛い事は全て妖精のイタズラのせい」だということだった。
「セーターの首もとがチクチクするのは、妖精が首もとを触っているせい」
「靴下が片方無くなるのも妖精のイタズラのせい」
「腹が痛くてツキツキするのは、妖精がお腹をツンツンとイタズラしてつつくせい」
「身体がかぶれ、痒くなるのは妖精が皮膚を叩くせい」
「よく転ぶのは妖精がイタズラで足を引っ張るせい」
「ご飯の味がおかしいのは、妖精のイタズラで味付けを変えるせい」
「お風呂のお湯が水になっていたのも妖精のイタズラのせい」
母は何かある度、そうやって僕の身に起こることの全ては、妖精のイタズラのせいだと教えてくれた。
女手一つ。病弱で怪我の多い僕を育てるのは大変だったと思う。母は僕が体調を崩すと夜中だろうが何であろうが直ぐに病院へと連れていってくれた。僕のために一生懸命な母を周りの人が褒めてくれるのが、僕はなんだか自分の事のように誇らしくて嬉しかった。そんないつだって僕の側にいたイタズラ好きな妖精は、大人になり家を出て、身体が丈夫になってきた頃から、いつの間にか見かけることはなくなった。靴下がなくなるイタズラも転ばされるイタズラもご飯の味が変なイタズラも何一つ。
◇
あれから母も僕も随分と年を取った。
一度は家を出た僕も、年老いた母のもとに戻り、二人で暮らしている。そして年老いた母の世話を、あの頃の母が僕にしてくれたように今度は僕がしている。
「痛い痛い」と呟く母の背中をそうっと擦る。もう少ししたら、母の手を引いて散歩に連れていってあげよう。近所の人が母の状態を気にしているようだし、介護をしている僕の姿を今日も見て貰いたい。
今になって、母がどんな気持ちで僕の世話をしてくれたのかよく分かるようになった。当時、母が僕の看病をすることは必要なことだったんだ。周りから病弱な子供を支える献身的な母として見せることで自身も支えて貰うために。
「痛い痛い」と呟く母の背中を擦り、僕はそんな母の耳元で静かに囁く。
「転んだのは全て妖精のイタズラのせいだよ。痛いのも妖精のせい。だからごめんね」
妖精は今、母の周りを踊っている。
了
妖精の名のもとに ろくろわ @sakiyomiroku
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