ゆきちゃんが見ていた妖精

ぴのこ

ゆきちゃんが見ていた妖精

 幸佳ゆきかは口癖のように「ようせいさんがいる」と言っていました。

 物心ついた時から、幸佳には“妖精”が見えていたようです。イマジナリーフレンドというのでしょうか。

 きっと、寂しさを埋めるための空想だったのでしょう。

 夫は幸佳が生まれてすぐに事故で亡くなってしまいましたから。父親がいない寂しさから、幸佳は想像上の友達を作り出したのだろう。そう納得して、私も深く考えませんでした。まあ、成長すれば“妖精”は幸佳の前から消えるだろうと。

 ですが、幸佳の“妖精”は4歳までずっと消えませんでした。


「ようせいさん、ゆきちゃんね、じぶんのおえかきキライなの」「だってね、ゆきちゃんのおえかき、へたっぴなんだもん。おはなばたけかくつもりだったのに、ひまわりがぐちゃぐちゃになっちゃって、おともだちのまゆちゃんには『なにこれ!』ってわらわれちゃったの」「ほんと? ようせいさん、ゆきちゃんのおえかき、きらいじゃない?」


 そんな風に何も無いところに話しかけたかと思えば、一人で何十分も会話のような話し方をしている。そういうことを幸佳はやめませんでした。幼稚園でもそうでしたから、周りの子たちに不思議がられていたようです。

 さすがにそうなると私も困りものですから、どうにか“妖精”から卒業してほしいと思っていました。

 ある時、幸佳が見ている“妖精”について聞いてみたことがあります。


「ゆきちゃん、妖精さんってどんな子なの?」


「ようせいさんはねえ、ぷっくらしてて、頭がぴかぴかしてて、ちっちゃいんだよ」


 その答えに、私はぽっちゃりした天使のようなものを想像しました。少し太った小指サイズの天使で、天使の輪を頭上で光らせているような。


「妖精さんはいつもうちの中にいるの?」


「いつもいるよ。あと、おそとにもいてね、ちっちゃいのと、おっきいのがいるの」


「二人いるってこと?」


「ふたりっていうかねえ、いろんな見た目のようせいさんがいるの。でも、おっきいのはうちにいないの。おっきいのともね、おともだちになりたいけど、話しかけるのはずかしい」


 ますますよくわからなくなりました。

 ですが間違いなく“妖精”は幸佳の友達なのですから、“妖精”のことを一切無視しろと命じても反発するに違いありません。私は何を言えばいいのかわからず、とりあえず今は好きにさせてあげることにしました。イマジナリーフレンドが見えるのは幼い間だけでしょうし、“妖精”が見えるからといって大きな害は無いのだからと。

 それが間違いでした。



 あの日、幸佳は“妖精”に連れ去られてしまったのです。

 


 幼稚園に幸佳を迎えに行って家に着いた後、私はキッチンで洗いものをしていました。シンクの食器は二人分とはいえ、前日の夜から溜めてしまっていたので量はそれなりにありました。

 ようやく洗い終わり、リビングに戻った時です。幸佳の姿がどこにも無いことに気が付きました。

 私は声を張り上げ、幸佳の名前を何度か呼びましたが返事はありませんでした。幸佳は家の前の道路にチョークでお絵描きをして遊ぶことがありましたから、その時も外にいるのだろうかと思って私は玄関ドアを開けました。


 道路には、未完成の絵が残されていました。


 …道路で遊ぶ時には気を付けなさいと、注意していたんです。そもそも道路で遊ばせるべきではなかったのですが、家の前は人通りも車通りも少ないですから。たまにやって来る車には十分に注意するように言い聞かせた上で、幸佳のやりたいことをやらせてあげる方針を取っていました。

 そんなことより、もっと大事なことを強く言い聞かせておくべきでした。


 知らない人には、絶対について行かないようにと。




【社会】4歳の女の子に声かけ連れ去った疑いで45歳の男逮捕

2020/03/10

3月10日、■■県■■市で4歳の女の子に声をかけて連れ去ったとして、45歳の男の容疑者が未成年者誘拐と殺人の疑いで逮捕された。

逮捕された無職の男は、3月10日の午後、■■市の路上で遊んでいた4歳の女の子に「ぼくの家に行こう」と声をかけ、自宅のアパートの部屋に連れ去ったもの。

調べに対し容疑者は、連れ去ったことを認めたうえで、「大きい妖精さんが話しかけてくれたと喜んでいた。急に泣き叫んだから殺した」と供述している。




 これが、幸佳が連れ去られた事件のニュースです。

 でっぷりと太った禿げ頭の犯人の姿と、この“大きい妖精”というワードを見た時、私の頭の中でなにかが弾ける音がしました。


 小さいおじさん。

 幸佳が見ていた“妖精”とは、中年男性の姿をしていたんでしょう。ぷっくらしているとは肥満体型のこと。頭がぴかぴかとは頭髪が無いということ。

 小さいおじさんと呼ばれる類のものが物心ついた時から幸佳には見えていた。だから、似た容姿の中年男性のことを“大きい妖精”と認識していた。だからあの犯人にも警戒心を持たなかった。友達になりたいと思っていた“大きい妖精”が向こうから話しかけてくれたと、嬉しささえ抱いてついて行った。

 その答えに考えが及んだ時、私は膝から崩れ落ちました。


 …犯人への憎しみは当然あります。でもそれ以上に、自分が許せなくて仕方ありません。

 幸佳が見ていた“妖精”が中年男性の姿をしていると気づけていれば、中年男性に幸佳がついて行ってしまう危険性にも思い至れたのに。

 どうして幸佳の話をもっと聞かなかったのか。どうして“妖精”についてもっと考えなかったのか。どうして“妖精”について行かないように言い聞かせなかったのか。どうして。どうして。どうして。


 悔やんでも悔やみきれません。

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ゆきちゃんが見ていた妖精 ぴのこ @sinsekai0219

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