【KAC20253】あなたの最推しになれるように

宇部 松清

喪神氏の好みのタイプ

喪神もがみ殿ぉ! 出た出た出た! 出たでござるぅぅぅ!」


 俺の憩いの場所兼ミトコンバトラー達がしのぎを削る魂の合戦場HONUBEホヌベのカードゲームコーナーに足を踏み入れた瞬間、盟友であるタキザワ氏が頬をパンパンに膨らませ、興奮気味の顔で駆け寄って来た。


 彼の手の中にあるのは、スマートフォン。その画面に表示されているのは――、


「アニメ『エトワール!(水曜23:00~23:30)』のヒロイン、降師ふりしハルちゃんじゃないか!」


 しかも、『くるみ割り人形』のこんぺいとうの精役の限定バージョン!


「出たのでござる! やっと出てくれたのでござるぅぅぅぅぅ!」

「やったなタキザワ氏! あぁ、なんと麗しいお姿だろうか! まさに妖精!」

「左様! 拙者、このお姿を拝むためにどれだけ課金したかわからぬ……!」

「タキザワ氏……っ! ていうか、そんな努力(課金)の末にゲットしたお宝画像を俺に見せて良いのか?」

「良いのでござる! 拙者、そこまで狭量ではござらぬゆえ!」

「グワァァ――! まぶしい! 後光が差しているっ! さすがは菩薩のタキザワ!」


 などという俺らのやりとりをやや冷めた目で見つめる者がいた。


 ひゃくたんこと百田ももた香子かおるこ、ここHONUBEの常連である。


 肉をテーマにしたカードゲーム『MEATミート COMBATコンバット』をこよなく愛するミトコンバトラーにして、俺の職場の部下だ。


 どうやら本日も絶好調のようで、周囲には彼女が負かしたミトコンバトラー達のしかばねが転がっている。半開きの口からは呪詛のような「また負けた」、「悔しい」、「次こそは」などといった言葉が漏れ出ているものの、その表情は一様に緩んでいる。若い女性と対等にバトルが出来たことを喜んでいるのである。お前ら、そんなんだから負けるんだろ。


「それ、何ですか?」


 さて、そのひゃくたんが、ちょっと不満気な顔でタキザワ氏の隣に立った。


「おお、ひゃくたん殿。ひゃくたん殿はご存知ありませんかな? こちら、『月刊フルムーン』の人気作にして、今期の覇権アニメ『エトワール!』のヒロイン、降師ハル殿でござる!」

「あぁ、名前だけは知ってます。職場にもエトワ好きの人がいて」


 と言いつつちらりと俺を見る。待て待て待て。俺は君にエトワ好きと言ったことはないが!? 別のやつだよな?


「こちらはそのスマホゲーム、『エトワール!〜Pas de Deuxパ・ドゥ・ドゥ DE PUZZLEパズル!』でござる。もしやその職場の方もやられているやもしれぬでござるなぁ」

「パドゥドゥでパズル……言いづらいですね」

「左様。そこが難点でござる。ユーザーは略して『パドゥル』と」

「それもう『パズル』で良くないですかね」

「さもありなん」


 むふ、と満足気に大きく頷くタキザワ氏である。俺もそれはずっと思ってたし、たぶん同じ意見のユーザーは多いだろう。表記上は『パドゥル』だが、発音時は『パズル』だ。


「それで、タキザワ氏の推しがこのハルちゃん、と」

「左様。拙者、どちらかと言えばクールビューティーなお姉さまが推しになることが多いのでござるが、この『降師ハル』殿は別でござる」

「そうなんですか? 好みってそう簡単に変わるものなんですか?」


 そう言って、またも俺を見る。いや、それはタキザワ氏に聞けよ。


「いや……、そう簡単に変わるものではないと思うぞ。ただ、この子はちょっとというか」

「特別? どういうことですか?」

「この『エトワール!』はバレエのトップダンサーを目指す漫画なんだが、そのヒロインである『降師ハル』は憑依型のダンサーでな、その役に入り込むあまり、与えられた役柄によって普段のキャラも変わってしまうんだ」

「すごいですね」

「まぁ、漫画だから誇張して描いているのもあるんだろうけどな。それで、アニメの……五話あたりだったか、学祭で白鳥の湖の劇を演じることになって、彼女はオディール役に抜擢されたわけだ」

「えっと確か、悪魔ロットバルトの娘でしたっけ」

「詳しいな」

「実は従姉が昔バレエを習ってて」


 よく見に行ってたんです、と笑うと、タキザワ氏が「いやぁ、ハル殿のオディール、最高でござった」としみじみ頷いた。


「つまりその、オディールの影響を受けたハルちゃんが、タキザワ氏に刺さった、と」


 ひゃくたんがそう結論付けると、タキザワ氏は「左様!」と声を上げた。


「オディールのような役はそれからぱったりでござるし、どちらかと言えば、今回のような、可愛らしい役の方が多いのでござるが、それでも最推しでござる! ハル殿がバレエ界の頂点に立つその日まで、拙者は応援し続けるでござる!」

「その意気だ、タキザワ氏!」


 スマホを高く上げ、周囲を気にして控えめに吠えるタキザワ氏に俺も気持ち声を落としてエールを贈る。それにつられてひゃくたんも「タキザワ氏、頑張ってください」と拳を振り上げた。


「ふぅ、少々熱くなってしまったでござる」


 とタキザワ氏が汗を拭く隣で、ひゃくたんが腕を組んで、うーんと唸っていることに気が付いた。


「どうした?」

「ミトコンウォリアさんは?」

「は? 俺が何だ?」

「ミトコンウォリアさんもこのハルちゃんが推しなんですか?」

「いや、俺は別にそこまで。可愛いとは思うけど」

「じゃあ、ミトコンウォリアさんの推しはどなたなんですか?」


 俺は『エトワール!』については作品そのものは好きだし、降師ハルも可愛いとは思うが、推しとまでは行かない。どのキャラもまんべんなく好きだ。よって、推しはいまのところいない。


 そう答えると、タキザワ氏が「拙者にお任せあれ!」と割り込んで来た。


「喪神殿の最推しはこちら! 『ご主人様、いい加減にしてください! 〜クールで有能な銀髪(合法)ロリメイドのその言葉が聞きたいから、俺は今日も靴下をベッドの下に隠す〜』の『ミカたん』ことミカエラ・ジャーヴィスちゃんにござる!」

「ご、合法ロリメイド……!?」

「ま、待て! 違う! 俺は決してロリコンではない! ミカたんは見た目こそアレだが、中身は二十三歳だし! それに俺が好きなポイントはそこじゃない!」


 必死に説明するが、この必死さが逆に怪しく見えるのだろう、ひゃくたんはジト目で俺を見つめ「じゃあ、好きなポイントはどこなんですか」と地を這うような声で尋ねて来た。


「有能! 有能なんだ彼女は! タイトルにもあるだろ!」

「ふぅん」

「信じてなさそう! おいタキザワ氏、何とかしてくれ! これ、責任の一端は君にもあるからな!?」


 このままだとロリコンだと勘違いされてしまうじゃないか! あのな、俺はマジでロリコンではないんだ! ミカたんはたまたまなんだ! たまたまあのヴィジュアルってだけなんだ!


「ご安心なされひゃくたん殿。喪神殿の言葉は嘘ではござらぬ」

「……本当ですか?」


 あっ、ちょっとジト目が解除された。何でだよ! 何で上司の俺の言葉は疑うのにタキザワ氏は信じるんだ!


「それが証拠にこちら。ミカたんにハマる前の喪神殿は『俺の執事、本当に男なんだろうな!? 〜執事派遣センターから来た執事がやけに色っぽすぎるんだが!?〜』の『ヤス君』ことヤスミン・フレデリク・フレデリカ君のことを推してたでござる。こちらもハイパー有能キャラにござる。ほら、ヤス君はしっかり成人済みでござろう?」


 そう言って、シュババババと画像を検索する。


「確かに……。でも、『君』って……」

「むぅ、それに関してはストーリーの根幹に関わる部分にござるから何とも言えぬが、まぁ」

「いまのでだいたいわかりました。ていうか、タイトルからも何となく察しはつきますし」

「ありがたいでござる。信じていただけたでござるかな? 喪神殿はとにかく有能な女人シゴデキウーマンに弱いのでござるよ」

「タキザワ氏、言い方……!」


 が、事実である。

 俺はとにかく仕事がバリバリ出来る女性が好みなのである。仕事に限らず、家事でも良いのだが、とにかくテキパキ働く、しっかりした女性が好きだ。


「そうなんですね。私てっきり、あんな可愛い妹さんがいるから、妹っぽいキャラが好きなのだとばかり。それでロリ方面に走ったのかと」

「逆にないだろそれは。『妹キャラ』は守るべき対象であって、大人の汚い欲をぶつけて良い相手ではないんだ。俺のお兄ちゃん度を舐めるな。あと、俺のことをお兄ちゃんって呼んで良いのはかえでだけだ。よって、俺が楓以外の妹を推すことはない」

「良かった。それに、妖精のコスプレしないといけないのかと思いました」

「なぜ君が妖精のコスプレをする必要があるんだ」

「タキザワ氏とそれで盛り上がっていたので」

「それはあくまでもSSSだったからだ」

「失礼いたしました」

「わかってくれればそれでいい」


 何とかロリコン容疑は晴れたなと胸を撫で下ろしていると、まだ納得しきれていないのか、「とすると」とひゃくたんが難しい顔をして俺を見上げる。


「私も有能枠に入れば良いってことですね?」

「……は?」

「私、今年で二十八なんですけど、これってミトコンウォリアさんの中では妹枠になるのかなって不安だったんですよ。でもどう考えても楓ちゃんに勝てるわけがないし。私一応、仕事面では自分で言うのもなんですけど、割と有能枠じゃないかと思うんですが、いかがでしょう」

「し、仕事の話はここでは……!」


 役目を終えたとばかりにタキザワ氏は飲み物を買いに行ってしまったため、周囲には俺とひゃくたんしかいない。それをわかって聞いているのだろう。


「ま、まぁ、働きぶりは、その、うん、俺も認めては、はい」

「ということは、イケますね」

「い、イケ……?」

「私、これからも仕事頑張りますね」

「お、おう……?」

「もちろんミトコンの方でも結果出しますし」

「まぁ……頑張れ……?」

「ゆくゆくはミトコンウォリアさんの最推しになれるよう、精進します! ご要望とあらば妖精のコスプレも要相談で!」


 頑張るぞー! と腕を回し、「あっ、ラード忍者氏! ちょうどいいところに!」と言って、その辺をうろついていたラード忍者(※プレイヤー名)を捕まえ、バトルに誘い出した。そこへすかさずタキザワ氏がスライディングして割り込み「それでは僭越ながら拙者が審判を! Meet the MEAT ,ファイッ!」と右手を上げる。いつものHONUBEの光景だ。


 が。


「し、しなくて良い! コスプレはマジで!」


 一拍遅れてやっと吐き出された俺のその言葉は、二人のバトルを見守るオーディエンスの声にかき消されてしまった。

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