電子の窓は日常の扉
夏草枯々ナツクサカルル
第1話 推し事
目を惹かれる、とはこういう事だと思う。
始まりは偶然。動画サイトを流し見していた時だった。彼の配信で面白かった所を纏めた動画。話の内容はなんでもないような日常の話だったけれど、それを楽しそうに話し、あどけない笑顔を見せ、時に手を叩いて大きく口を開けて声に出し笑う彼の姿に私は自然と惹かれてしまっていた。
それからしばらく私の推し事は忙しかった。
最近、する事が無くダラダラとバイトをして寝るだけの日々だった私に彼は活力を与えてくれた。グッズを買う為にシフトを増やし、オフイベに向かう為に服もメイクも新しくした。
忙しさは毎日に充実感を与えてくれる。
動いて、寝る。ベットに倒れ込むと何も考える間もなく眠りにつく。考えれば考えるほどに落ち込む私の性格上、そのサイクルがあるおかげで心穏やかな日々を過ごせていた。
「え」
だから朝起きて何気なくスマホでSNSを開いた私はある一文に目を疑った。
『突然ですがしばらく配信をお休みします!ゆっくり半年くらいお休みしようかな、と思ってます』
その下には前から少し言っていた病状の悪化とこれ以上酷くなる前に完治させる為の時間が欲しい事がゆっくりと彼の言葉で書かれていた。
その投稿についていたコメントは比較的穏やかなものが多く、闘病生活の応援やずっと待っているなどのコメントばかりで私も同じようなコメントをしておいた。
「せっかく伸びてたのに」
スマホを置いて私は独り言を呟いた。もったいない、と思う。
これから、というタイミングでの休止だった。コラボの回数もここ数ヶ月で目に見えて増えていたし、登録者数も右肩上がりだった。それまで10人刻みのお祝い配信が100人記念の翌週に150人記念配信をしていたりとここ最近は特に調子が良かった。
「…ように見せてたんだろうな」
配信頻度は上がり、コメントが増えた裏で目に見えて誹謗中傷も増えた。
推しは以前「一人じゃ何話していいか分からないんだよね」と笑いながら言っていた。確かに彼は良くコメントを読み、そこから話を広げていく。見過ぎなくらいコメントに頼っていた。
だから、たまに来る捨て垢の荒らしが来るたび分かりやすく表情が曇った。
「わからない」
彼が本当にその事で傷ついていたのか私には予想する事以外出来ない。
「まぁ、こんな事考えてほしくもないんだろうけど」
ベットに腰掛けながら私は呟いて立ち上がった。
「君たちは良いから。俺だけ見て笑っててよ」
荒らしのコメントを消しながら彼は笑ってそう言っていた。
「はーい」と私は打ち込んだ。
確かにあの時私は笑っていた。
「あーあ、これからどうしようかな」
私は引っ越してきた日に買った小さなテーブルと彼の配信を見るためだけに買ったノートパソコンに目をやった。
「配信…とか私もしてみようかな」
電子の窓は日常の扉 夏草枯々ナツクサカルル @nonnbiri
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