第46話 二つの顔を持つ人たち


 

 目の前で、鎧戸が下される。

 次の瞬間、俺は屋敷へ相棒は雑貨屋の裏へ、走り出していた。

 途中警備に立つ街警に検問を要請する可能性を伝え、貴族街の路地裏を駆け抜けながら通信機を取る。

 

「ヴィトリーク様を拐われました。冒険者三人、庶民街の二番通りにある雑貨屋に連れ込まれた」

「検問は」

「街警に要請確認とってます。応援を」

「現場、雑貨屋裏。どこにも出入り口がない。長屋伝に移動する可能性がある」

「検問はどこに」

「ひとまず現場を中心に庶民街の交差点。問屋街に向かう橋に」

 

 詰所に飛び込んで開かれた地図上に印を置く

「この雑貨店。冒険者が見えた限りで三人、ヴィクス様が離れようとした時、連れ込まれた」

「了解、周知する。では阻止できなかった理由を聞こうか」

「ヴィトリーク様は二、三言葉を交わしたあとすぐにその場を離れようとしていた。賢い方だからと……俺が油断していました」

 

「以上でいいか? 処罰等々に関しては旦那様の沙汰を待て」

 

「承知しました」

 

 敬礼して壁に背をつけ、待機の姿勢をとる。

 

「何をしてる。旦那様に報告と……アナベルに応援を頼みに行け」

 

「…………はい」

 

 死刑宣告より、気が重いかもしれん。

 旦那様は冷静な方だ。ヴィトリーク様が無事に戻るまで処罰も何も言わないだろう。

 

 しかしアナベル……元隊長は……。

 

 

 アナベルが隊長を退いたあと、シャーロット様の——現在はヴィトリーク様の——乳母として統括してきたのはただのメイドや従僕たちではない。

 メイド長の下で働くという形になっているだけ。

 全員が兵士、または隠密任務経験者の『特殊部隊』だ。

 

 

「旦那様……ご報告がございます」

 

「入りなさい」

 

 すでにエドワードもアナベルも揃った部屋に一歩踏み入るだけで、喉が乾涸びそうだった。

「何が起きたか、教えてくれるかな」

 

 穏やかな旦那様の声は、いつもと変わらない。それがあまりにも恐ろしく隊長に上げた報告をさらに丁寧にしたものを、何とか絞り出して深く頭を下げる。

 

「申し訳ありません」

 

「あの子は大人しすぎたからねぇ……少しずつでもやんちゃしていてくれたらよかったんだけど」

 

「自分の油断が招いた事態です。如何様な処分でも受け入れます」

「それは、ヴィクスが戻ってきてから伝えよう。アニー……位置の特定は」

「まだ庶民街から問屋街、までしか絞れません。大きく移動し始める前に叩きますか?」

「それは少し大変かもしれないね。街を封鎖するわけにもいかない」

 

「……何かお考えがありそうですね」

 

 アナベル元隊長が、手元に何かを広げている。

 頭を下げ続けている自分にわかるのは、交わされる言葉くらいだが。

 

「テベルスのことをね。ウチの領内で拐われました、五年も捜索しているのに見つかりません、はないだろうと言われていたんだけど」

「領内で拐われる子供、ここ数年増加していますね」

「全く心が痛む話じゃないか。それで目をつけていた冒険者がいたと思うんだけれど」

「ああ……ヴィトリーク様を攫ったのは三人組と言いましたね?」

「……は、はい!」

「およがせていたのは五人組の冒険者です。何組か徒党を組んで手下を増やしているのですが中心にいるのは五人組。それから……小規模の商人組合が二つ」

「いけそうかな」

「まさか……ヴィクス様を囮に……?」

「そんな可哀想なことじゃないよ。たまたま、彼らはウチの子に手を出した。それだけ」

「…………承服致しかねます。すぐにでも検問を」

「うん、それはもちろん。無事に帰ってくるのが一番大切だ。けれど街全てを封鎖するわけにはいかないだろう?」

「主要な道路だけでも網は張れます」

「うん、そうしてくれ。その後は任せるから」

「ありがとうございます」

 アナベルがサッと部屋を出ていく。

 

 

 

「では旦那様、『灯台守』に連絡を入れておきます」

 

 エドワードもそう言ってアナベルに続いた。

 

 

 頭上で交わされた会話は……あまりにも穏やかだった。

 大事な後継が拐われました、という事態に起きている会話には聞こえない。

 

 灯台守とは……?

 首都の海は、かなり遠いのに?

 

 

「さ、もういいよ。君は街警に検問を行うことを伝えてきてくれ」

「はっ!」

 

 

 退出を許されて、部屋を飛び出したところで俺は横向きに弾き飛ばされる。

 

 

「……!?」

 

 

「今はこの拳で我慢してやる。処分を下すのは旦那様が預かるようだからな」

 

 冷たい、「鉄拳の女帝」の頃よりさらに冷たい目をしたアナベルが軽く手を振ってこちらを見下ろしている。

 

「すみません……隊長……」

「お前は護衛に向かないと何度も言ったんだがな。視野は広いが注意があちこちに飛びすぎるから見張りや斥候の方が向いてるんだ」

「俺に言われても……」

 

 持ち場を決めるのは現隊長だ。

 向いている向いていないなんて自分で言えるものじゃない。

 言われた仕事をこなすしかない。

 だが、アナベル隊長が隊長だった時、俺はまだ見習いを卒業したばかりの下っ端だったのに……?

 

「それもそうか……進言しておいてやろう」

 

 ヒールの音を響かせて、アナベル隊長が去っていく。

 いや、元隊長、だけど……歩き方まで軍隊時代に戻ってる。

 うっかり口ごたえしてしまったのでもう一発拳を覚悟して噛み締めていた奥歯がカタカタと音を立てた。

 

「検問は彼女に任せて大丈夫です」

「!?……エドワードさん……いつからそこに?」

 

「初めから」

 

 にっこりと笑ってエドワードさんは付いてくるようにと示す。

 

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