私はホルモーをやりたかった

たてのつくし

第1話

 初めて物語の中に入り込みたいと思ったのは、幼稚園で『ももいろのきりん』を読んでもらった時でした。

 大きな紙で作ったきりんが本物のきりんになり、一緒に遊んだり、背中に乗ってどこかに遊びに行くなんて、子供の私には、たまらなく素敵に思えたのです。

 どうにかして、自分でも、ももいろのきりんを作りたい。日に日にその思いは膨らみ、ある日、チャレンジしたことがありました。


 大きな紙はなかったので、古新聞をもらって作ってみたのですけれど、両手を真っ黒にして、その日、何とか作る事ができたのは、頭だけでした。あと、首と胴体と足を四本作らなければならなかったのだけれど、その前に、父に言われました。

「新聞紙で、ちゃんと立つようなきりんを作るのは無理だよ」

と。うすうす、自分でも気がついていましたが、さらに父の、これを作るためには、芯に硬い骨組みを入れて、あーたらこーたら・・・という説明に、意気阻喪してしまいました。

 それでもしばらくは、何とか実現出来ないものかと、考えを巡らせていたものです。

 

 次に、物語の中に入り込みたくてたまらなくなったのは、『ハリーポッターと賢者の石』を読んだとき。もう、立派な大人でしたが、ホグワーツ魔法学校に入学したくて、苦しくなるほどでした。

 ホグワーツ魔法学校。まずあの立派で、それでいて何だか変な寮に憧れてしまいます。そもそも中学生で寮生活なんて、あこがれてしまうではないですか。その上、寮の食事が美味しそう。食いしん坊の私など、すぐにデブになってしまいそうです。


 そして何より、魅力的な教科の数々です。自慢ではありませんが、学生時代、授業のほとんどを、聞いてないか、居眠りしていた私ですが、ホグワーツだったら、ホグワーツ魔法学校だったら、ハーマイオニーとまではいきませんが、かなり熱心に授業を受けただろうと思います。


 だって、魔法薬の授業とか、箒で空を飛ぶ授業とか、面白そうなものばかりではないですか。暗記は苦手ですけれど、魔法の呪文を覚えるためなら、徹夜も厭わないと思うし、少なくとも、居眠りなんて、絶対しなかっただろうと思うのです。

 その上、卒業する頃には、立派な魔法使いになれるのですよ。ああ、可能なら、今でも入学したいです、ホグワーツに。


 映画『鴨川ホルモー』を見たときも、うらやましくてなりませんでした。京都、という雅な場所で学生生活が送れることもそうですし、何より私は、ホルモーがやりたかった。ホルモーとは、式神である小さなオニ百匹を従えて、いにしえの神々達を喜ばせるための戦いの儀式なのですが、その馬鹿馬鹿しくも真剣な儀式を、大学生活全てをかけて、やり遂げたかったです、私も。


 実は私、大学でミュージカル研究会に入ったことがあるのですが、そこでは基礎練習として、毎回、正門で通行人に向かって声だしをしなければならず、それが苦痛で、すぐにやめてしまったのです。しかし、ホルモーのためなら、どんなに人目が付く場所であろうと、あのかっこ悪いフリ付きで、「ゲロンチョリー」(潰せ)とか「グェゲボー」(追いかけろ)とか、ホルモーに必要な鬼語を、全力で学んだと思います。

 何より、小鬼百匹を連れて、町を闊歩してみたかったです。


 ちょっと話は逸れますが、鴨川ホルモーの主人公は、二浪して京都大学に合格した、ちょっとひねた大学生なのですが、新入生時代にサークルの集まりで、彼が「実は二浪なんだ」と言うと、周りから「え、二浪なんだ」と、小さく驚かれているのが、めちゃめちゃ笑えました。ひょっとしたら、めちゃめちゃ笑っているのは、私だけかもしれませんが。

 なぜなら、私も二浪して大学生になっておりまして、まあ、新入生と言ってもいささかトウが立っていたわけです。で、新入生の頃って、クラスの顔合わせ、サークルの新歓コンパなどで、やたらと自己紹介させられるのですが、そこで、

「実は私、二浪してまして・・・」

と言うたびに、

「え!? たてのさんって、二浪なんだ」

という小さな驚き、というか、余分な返し?が、必ず、本当に呆れるほど、必ずあったからなのです。一体、何回驚きゃ気が済むんだい、と、心の中で何回思ったことか。

 なので、「え、二浪なんだ」と驚かれたときの、主人公のなんとも言えない顔に、笑ってしまうのです。ああ、きっと私もあんな顔をしていただろうと思って。

 

 式神といえば、『しゃばけ』も、羨ましくてたまらない世界です。主人公の一太郎と同じく体が弱かった私ですが、寝込んでいるときも、いつもずっとそばにいて、相手をしてくれる妖(あやかし)達がいたら、どんなに楽しかっただろうかと思うのです。佐助と仁吉という、常に一太郎のそばにいて守ってくれるイケメンの手代もいるし。二人は、犬神と白沢という強くて賢い妖なのです。羨ましいったらありゃしない。

 それ以外にも、鳴家(小鬼)とか、付喪神とか、人間以外に色々いたら、随分楽しかっただろうなぁ、と思うのです。

 

 考えてみれば、私はずっと、物語の世界に入りたくて、わくわくしたり、苦しくなったりしてきた気がします。何とか片足だけでもいい、物語の世界に入りたい。そう考えて、あれこれやってみたりして、ずっとじたばたしている。


 実は今も、実家で古ぼけた小さなウサギの彫り物をみつけ、それに付喪神がやどっていることにして、大事にしています。もしかしたら、ある日、そのウサギの彫り物に宿っている付喪神に、話しかけられる日が来るかもしれないと、そんなことを、半分くらい期待しながら。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私はホルモーをやりたかった たてのつくし @tatenotukushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ