星は遠くで見ていたい

雲条翔

星は遠くで見ていたい

 

 実家がラーメン屋の人は、ラーメンが好きになるだろうか。

 実家がケーキ屋の人は、ケーキが好きになるだろうか。


 むしろ、食べ飽きてしまって、「大好物」とは言えなくなる気がする。


 豪邸に住む、二十歳の女子大生・摩耶子まやこもそんな環境にあった。


 父は、ベテランのアクション俳優で、近年ではハリウッド映画にも出演するようになった。

 母は、十代でアイドルとしてデビューした後、二十代半ばで女優業を本格的に開始、現在でも精力的にテレビドラマに顔を出している。

 兄は、現役のアイドルグループに所属し、ソロコンサートでも日本武道館を満員にできる人気がある。

 姉はファッションモデルで、近年では独自の女性服ブランドを立ち上げ、二十代前半にして女社長となった。

 ふたつ下の妹は、読者モデルとしてスカウトされてデビュー、近年では青年雑誌の水着グラビアで、頻繁に表紙を飾っている。


 四人きょうだいのうち、いや、両親も含め、家族の中で一般人は自分だけ。

 家の中は顔面偏差値がハイクオリティな美男美女だらけ。


 テレビや映画の中のアイドルたちを見ても「うーん、これならうちの兄ちゃんや姉ちゃんの方が上だなあ」と、妙に目が肥えてしまっていることに気づく。


 冒頭の飲食店の例えは、そこにある。

 女子大生・摩耶子にとって、芸能人は、食べ飽きたラーメンやケーキと一緒。


「自分の家で、俳優やアイドルやモデルを見過ぎていて、今更テレビで芸能人を見ても、全然カッコイイと思えない」病なのであった。


 友人たちが、K-POPアイドルの「推し活」で韓国まで行ってきたよ!とハイテンションに語るのを聞いて、「自分にも、何か夢中になれるものがあったら、楽しいんだろうけどなあ……」と、どこか寂しいものを感じていた。


 そう、「推す対象」は、アイドルでも、俳優でも、何でも構わないのだが、なにかに「ときめいて、ワクワクしたい」のだ。


「あこがれ」、そんな気持ちを、自分は一生知らずに終えるのではないだろうか。


 芸能人一家に生まれたせいで。


 周りの人たちからは「いいなあ」と羨ましがられる環境ではあるのだが、「家族に会わせて」「写真撮ってきて」「サインもらってきて」みたいな注文を大学の友人から受けると「友情」って何だろう、と考えずにはいられない。


(コネを使って芸能人に会いたがり、会って自慢するようなヤツは、くたばれ!)


 摩耶子は心で中指を立てる。こういう性格の子である。


 そんな生活を送る摩耶子が、家でスマホを見ていて、つい広告の「コミック読み放題!」をタップしてしまった。


 無料キャンペーンがあるならと、なんとなく可愛い絵柄のひとつを読み始めたのが運の尽き。


 徹夜して、一晩で既巻二十巻を読破し、最新刊を心待ちにするようになった。


 そのコミックは、大正時代の青年将校と、一般市民の少女の可憐で淡いラブロマンスという内容だった。

 何かが摩耶子の心の琴線に引っかかったのだろう。


 これが「推し」を見つけ、「あこがれる」という気持ちなのだろうか。


 主人公の少女が憧れる、青年将校のことを思うだけで胸の奥が熱くなった。

 寝ている時には夢に出てきて、摩耶子相手に愛の告白をささやくようになった。

 妄想が止まらなくなって二次創作小説を書いてネットにアップするまでになった。


 同じ趣味を持つファンたちと、気持ちや高揚感も共有していった。


(楽しい! これって楽しい!)


 摩耶子の日常に光が差した。


(三次元の美男美女は家で見飽きているけど、二次元ならばいける! 全然いける! これが沼ってやつなの!? 心地良すぎるんですけど! 温泉みたいに肩までドップリだー!)


 ある日、その作品がアニメ化すると知った。


 しかも、そのアニメ主題歌を、摩耶子の兄が所属するグループが担当することも発表された!


(これは! 兄ちゃんのコネを生かして、アニメスタッフに会わせてもらって、直筆の原画をもらったりできるのでは! ネット民に自慢してやらぁー!)


 この所業は、摩耶子が心底嫌っていた「コネを使って芸能人に会いたがり、会って自慢するようなヤツは、くたばれ!」を自ら実践してしまっているのだが、他人には厳しくても自分の行動の不遜さには気づかないものである。


 兄に連絡すると「あー、できるかも。マネージャーとか相談してみるわ。発表イベントの時に都合がつけば、声優さんとかも会えるかもよ」と快いメッセージが返ってきた。


(さすが! さすがだよ兄ちゃん! さすあに!)


 ところが、兄の連絡は来ないまま、アニメの第一話の放送日を迎えた。


(発表イベントには声かけてくれるんじゃないのかよ、ぶつぶつ……)


 アニメ第一話を、摩耶子は正座して、心してリアルタイム鑑賞。

 あまりの美麗さに、そしてイメージ通りの青年将校のイケボにクラクラし、モニターの前で身悶えた!


(兄ちゃん! 頼む! アニメスタッフに会わせてくれ! そして、あの声優さんに会わせてくれぇーい!)


 “あの声優さん”とは、もちろん青年将校の「中の人」である。


 催促のメッセージを兄に送ると「多分OK。でも、焦ることないかも」と意味不明な返事。


(焦ることないかも……? どういうこと? でもまあ、OKって言ってるし、会えるんだ!)



 ◆ ◆ ◆



 ……翌日。


 ネットニュースに、あるカップルの結婚報道が上がった。


 人気男性声優と、若手美人社長が結婚するというのだ。


 それは、摩耶子が会いたかった、あの「中の人」と、そして、摩耶子の姉であった。



 ……翌月。


 新しい家族の一員を迎え、全員がテーブルに顔を揃え、食事会が催された。


 姉の隣に、婚約相手の「憧れの人」が座っている。


「これから義理のお兄さんとなるけど、よろしくね、摩耶子さん」


 挨拶までしてきた。あのイケボで。


 兄のメッセージの「焦ることないかも」というのは、そういう意味であった。

 姉の結婚を知っており、「すぐに食事会で会えるから」という含みだったのだろう。


 摩耶子は、憧れの人とぎこちなく笑みを交わし、握手やサインまでしてもらったが、手放しで喜べない複雑な心境だった。


(あーあ、これで、「家族」かあ……)


 少し、「あこがれ」の気持ちが萎えるのを感じる。


 この人がいるのも、日常になってしまえば、きっと慣れてしまうのだろう。


(イケメンも美女も美少女も、そしてイケボも! 家族には要らないっ! わたしは、“遠くで”憧れていたいんだぁーっ!!)


 心の中で叫ぶ摩耶子であった。

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